住職のひとりごと

鳥取市にある浄土真宗本願寺派のお寺、淨宗寺の住職日記です。基本は毎日更新です。

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『弥生』とは「いや生い」から出た言葉だと言われていますが、その意味は「さぁ、新しい芽が出てくるぞ」とか・・・。ここ数日は朝晩の気温差が厳しくて暖房機から離れられませんが、それでも午後には少しずつ暖かい空気が感じられます。
その2月最後の日に『びわ湖毎日マラソン』が開かれました。長い間続いたこの大会も諸事情で最後となりましたが、《有終の美》を飾るように鈴木選手の日本並びに大会新記録(2時間4分56秒)が生まれました。日本人選手が2時間5分を切ったのは初めてです。1月の箱根駅伝における10区の逆転劇も興奮しましたが、今回の新記録も興奮した人が多かったことでしょう。残念ながら私は法務があってTVを見ることが出来ませんでしたが、今朝の新聞に大きく載っている写真を見て鈴木選手の笑顔に圧倒されました。もっとも、今までは新記録を出した選手には1億円の報奨金が出たそうですが、「今回はオリンピックの選考も済んだので《なし》」とのこと。何か納得できないものもありますが、鈴木選手は当然に報奨金を狙っての走行ではなくてあくまでも《優勝》が目標だったでしょうから、その結果と《最高記録》に対する破顔の笑顔だったと思って、素直に祝福をしたいと思います。花束はあげられませんので、せめて椿の写真でお祝いを・・・。


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いよいよ『如月』も今日が最後。『(寒さが厳しいから)衣を更に着る』から来たと言われている2月はその名の通りに積雪の繰り返しでした。その結果と言えばおかしいですが、大山が《伯耆富士》と呼ばれるのも納得したことです。しかし、そんな寒さの厳しい2月も終わり、明日からは『弥生』になります。『苗がいよいよ芽を出す』意味だと言われていますが、その言葉通りに昼間の気温もグッと上がって、今日の予想最高気温は17度とのこと。17度と聞けばホッとしますが、朝の寒さの厳しいことと言ったら・・・。なにしろ10度近い気温差ですからね。事務室からは青空がガラス越しに見えますが室内の気温は低く、セーターの上にベストを重ね着しないと指先まで凍えてきそうです。そんな2月の終わりですが、昨日は室内で咲いていたアマリリスの球根を太らせるために前庭の椿の下に植えてやりました。この球根は時期を早めに咲かせたために地植えにする時期も1ケ月早くなったこともあり、なんとかしてこの寒さを無事に乗り切ってほしいものです。なお、今年購入したアマリリスの球根は今窓辺で葉を5㎝ほど伸ばし始めていますので、3月末が楽しみです。
外では八朔が鈴なりですし、事務室の窓辺にはシクラメンを置いています。でも、これももうそろそろ花の終わりを迎えていますので、次は何の鉢植えを飾って目の保養にしましょうかねぇ。

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いよいよ年度末が近づき、新聞に人事異動の発表が載るようになりました。今朝の新聞には県警関係の人事が載っていますが、その中に教え子の名前が出ているのを見つけました。今年の年賀状には「還暦を迎えました」という文面もあって「あの時の生徒がもう還暦か」と45年という時間の経過に驚きましたが、よく考えると私も《前期高齢者と後期高齢者の中間》にいるのですから、それも当然ですよね。私は退職してから今年で13年目に入りますが、36年間の教員生活を加えると50年近い時間が経ったことになります。その間には楽しかった思い出もありますが、今から思い出しても自分の非力さを痛感した苦い思い出も多々あります。そのような時間を共に過ごした教え子達の中には既に退職した者もいれば、現役バリバリの者も大勢います。あちらは私のことを忘れているかもしれませんが、人事異動の中に知った名前を見るとやはり懐かしいものです。
(昨日と今日はクリスマスローズの写真にしました)

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ここ数日、『独り言』を書くためにこの欄を開こうとしてクリックしても「マイページ」のところがグルグル回転していて時間がかかることを示すマークが出たり、折角書き終わっても写真の貼り付けが出来なくなったりして、困っています。実はこの文章も新たに書き直しているものです。どうも原因が分かりませんので、夕方にでも専門家に聞こうと思っています。
ところで、丸山島根県知事と竹下議員との会見はうまくいかなかったようですね。会見後に知事がインタビューに答えていましたが、相当に腹の立つことがあったことが言葉のイントネーションで伝わってきました。言葉というものは実に妙なもので、いくら自分が押さえようとしていても発声の強弱や話すスピード等にその時の感情が明瞭に出てくるものです。そして、丸山知事の会見では《怒り》の感情がもろに伝わってきました。その理由は今朝の新聞で納得できましたが・・・。「知事は国(=国会議員)に逆らうな。言うとおりにしておればいいのだ」的な竹下議員の態度に怒りが収まらなかったのでしょうが、私でも多発している国会議員の不祥事の根底にある「国会議員は特別」という傲慢な態度には腹が立ちますからね。

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過日往生なさった同派寺院の坊守様のご葬儀には「コロナ禍のために参列も自粛依頼」とのことでお参りが出来ませんでした。そこで、「2×7日も近くなって少し落ち着かれたのでは」と思って昨日の午後にお参りさせていただき、しばらくご住職と雑談をしました。
《坊守》とはその字のごとく「坊(=寺)を守る」人のことであって何も男性に限ったものではありませんが、やはり住職の妻がその任に当たられることがほとんどです。つまり、住職が《外》に向けて頑張れるのも《内》を守ってくれる方があってのことであり、それは当寺でも同じです。まして、子育てや町内のお付き合いなどでは《全権委任》状態ですからねぇ。今でこそ郵便局や銀行やコンビニなどでITMを自在(?)に使いこなしている私も、かつては全部坊守任せで「通帳を機械を通して手入れをする」ことさえ知らなかったほどでしたからね。まぁこれは極端な例ですが、とにかく寺の仕事は住職と坊守の『二人三脚』でやり抜いていくものですから、本当に坊守には「感謝、感謝」の日々です。そのような中での坊守様の往生に対して「懐かしい思い出も一杯あります」と語っておられたご住職。どうぞこれからもその思い出を大切にしてください。

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昨日起こった山火事の様子は、まるでカリフォルニアかと思えるほどです。中継では、黙々と上がる煙の奥では舌なめずりをしているかのような炎が木々の陰から見えています。たき火の火が家に移り、それが風に乗って数百m先の寺院に飛び火てそこから裏にある森の木々に燃え広がったのが山火事にまでなったとのこと。子供の頃は夏になると拍子木を叩きながら「マッチ1本火事の元」と言って町内を回っていましたが、本当に《マッチ1本》の気の緩みが今回のような山火事を引き起こしたのですから、火元になった人の苦悩は言葉では言い表せないものでしょう。ここ数日は日本のあちこちで火災が発生しているニュースが飛び交っています。昨日もまた火災のニュースがあって「あぁ、またか」と聞いていましたが、次のニュースでは炎の燃え上がっている様子がその前のニュースとは違っていて「あれ?」と思っていました。それがまさか別の火事で、山火事に移っていく前のものだったとは・・・。
鳥取でも昭和27年に大火災があって市内の半分以上が消滅しました。当寺も地震(昭和18年)で全壊した後に再興した建物が10年も経たないうちに全焼したのですが、一つの小さな火が大きな災いにつながり、多くの苦しみ・悲しみを生み出す。ほんの小さな気の緩みが生み出した炎は、もう《人災》と言われるものになります。気温が高くなったり急激に冷え込んだりする昨今ですから、ますます《火の元》には注意を払いたいものですね。

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数日前の春一番にせいか昨日は気温も高く、昨日のニュースでは半袖の人や日傘を差している人の映像が流れていましたが、打って変わって今朝の風は冷たく、蕾のふくらみかけたボケの枝と赤い椿を玄関に飾ろうと思って取りに出ましたが、わずか数分で冷え切ってしまいました。こんな陽気のことを『三寒四温』と言いますが、今朝は『三寒四温』どころか『五寒二温』とでも言いたいほどの寒さです。昨日はあまりにも暖かかったのでアマリリスの球根を土に戻してやろうかと考えていたのですが、それもストップ。やはり3月になるまでは無理のようです。
ところで、10日ごとに本山が発行している『本願寺新報』ですが、今回の法話には故・松下幸之助氏の言葉が引用されていました。「塩のからさ、砂糖の甘さは学問では理解出来ない。だが、なめてみればすぐ分かる」というもので、《経験》することの大切さを伝えようとしている内容です。
大家族だった当時は年上の者が年下の者(赤ん坊も含めて)の面倒を見ることは当り前のことであるとともに、《誰でもが年を取る》ということやそんな人たちとの《別れ》が来ることも知っていました。同じ『新報』の記事の中には山陰教区の若手僧侶達が参拝者の意見・感想も含めて現在の葬儀における変化や正しいあり方等を話し合ったという記事も載っていましたが、そこでは「《核家族》になったことともにあまりにも《自己中心》になった私たちにとって、《他者》との触れあいの激減した現状が葬儀を《無意味》なものに変えてしまった」というようなことが述べられています。これも結局は経験するがなくなったから、その重要性が伝わらなくなったせいかもしれませんね。
向拝の鉢植えではチューリップの芽がやっと出てきました。これから先の変化を写真で残したいものです。

昨日ばらまいた境内のの雪もほとんどが溶け、隅に積み重なっている分だけになりました。もうこれが最後の積雪だとは思いますが、それでも除雪機の格納は3月まで待つべきかもしれません。自然は人間の思い通りに動いてくれませんからね。近所の方が持ってきてくださった蝋梅が散り始めたので、それを金曜日に外して玄関にはお雛様を飾りました。娘の誕生を祝って坊守の実家から戴いたもので毎年お飾りしていましたが、それから35年も経った近年は内裏雛だけを玄関先に飾っています。玄関の上がり框には坊守が作ったパッチワークのお雛様も額に入れて飾っており、一昨日の春一番とともに玄関先は《春》の雰囲気で客を迎える姿になりました。IMG_1621IMG_1622
残念なのは、カメラのフラッシュがうまく感光していなくて暗い画像になっていることです。
しかし、どうして雛人形を飾る(片付けるのも)のが私なのでしょうかねぇ。なんとなく雛飾りには「母親が娘と語りながらお飾りするもの」というイメージがあるのですが・・・。おそらく、最初にアルミの段をセットするのが大変な作業だった時の名残が今まで続いているのだろうと思いますが、まぁ父親が娘の子供の頃を懐かしんで飾るのも面白いかな。

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今朝早くから向拝の前にずり落ちた雪をバラ巻きました。これで空気が入ったので、溶けるのも早いことでしょう。裏の駐車場は昨日の雪かきですっかり消えているので今日のお参りの方も無事に駐車できることでしょうが、なにしろこの横道は轍を残していただけでしたので、道路の雪も含めての除雪作業でした。それが今朝は道路もすっかり溶けて《奉仕》の精神が報われた感です。ヤッタ~!(除雪機もお疲れ様でした)
ただし、玄関に置いていたシクラメンの鉢植えが弱っていましたので今度は事務室の窓辺に移動させましたが、なんとか元気になってほしいものです。加えて、昨日は鳥取も《春一番》が吹いたので、室内に置いていたアマリリスの球根もそろそろ地植えにしないといけません。「球根を植える場所はどこにしようかな」と考えると楽しくもあり頭痛の種でもあり・・・。(もともと植えるのに適した空間がないほど狭い境内ですからね)

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今日は米子まで行っていましたので、朝に『独り言』を書く時間がありませんでした。そのために今書いていますが、ここ数日の降雪で大山が《伯耆富士》と呼ばれている訳が十分に分かりました。残念ながら運転中でしたので写真を撮ることが出来ませんでしたが、頂上に冠雪した姿が本当に富士山そのものでした。行く時はあった雪も今日の気温で一気に溶け、昨日汗をかきながら除雪した駐車場は白線も明らかになって完全に姿を現していますし、雪を全身に抱いていた松も今は青々とした葉を見せています。しかし、夕方に戻って見ると、本堂の屋根からずり落ちた雪が向拝からの出入りを邪魔しています。これでは明朝にはまた汗をかきながら雪かきですね。

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