住職のひとりごと

鳥取市にある浄土真宗本願寺派のお寺、淨宗寺の住職日記です。基本は毎日更新です。

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昨日は雪かきに追われたむ1日でした。かいてもかいても次々と降り積もるので通路を空けるだけにしましたので、今朝は張り切って(?)境内全面と山門下を除雪。ただ、目の前の遊歩道は相変わらず市が除雪してくれません。結局私が空けることにしましたが、花見橋(赤い橋)の袂には除雪した雪が山積みになっているので、遊歩道の出口がシャットアウト。車道に出る道を空けておきましたが、これでは何のための遊歩道か分かりません。隣の公園も足跡一つなし。いつもなら雪の中を走り回る子供達の歓声が聞こえるのですが、積もったのが平日だったからでしょうか。
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昔から《雪》とくれば《犬》と《子供》がセットになっていると思うのはもう古いのかもしれませんが・・・。しかし、今朝の気温は昨日と違って高いようですから、明日には半分が溶けるでしょうね。。



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昨日の午後は月参り宅で「風が冷たいですね」と話していましたが、雪の姿は見えなかったので、朝起きてビックリ。本来ならこの程度は鳥取では普通の量ですが、さすがに昨日の状態からは20㎝近い積雪が予想出来なかったですからね。そのために真っ先にしたことは玄関前よりもまず参詣される方のための納骨堂前の除雪ですが、その後わずか1時間ほどの間にまた雪に埋まっていました。この寒さは数日だけのようですが、融雪はどうでしょうかねぇ。
雪が積もった時には参道と納骨堂までの通路の確保が大切ですが、それとともに門前の除雪も必要になります。それをしなければ入るには入れなくなりますからね。朝食を済ませてから納骨堂の再度の除雪を含めて必要な場所の除雪をしましたが、前回の時とは寒さが違って今回は除雪後に軍手の中まで冷気が襲ってきした。
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今になってやっと指先の感覚が戻ってきたので落ち着いてこの『独り言』を書いていますが、机の上には寺報用の資料とご門徒から預かった過去帳が積み重なっています。世の中は《スティホーム》のいうことですが、私も昨日に続いて今日も《スティホーム》になりそうですね。

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昨日は地震の被害と北海道から東北・北陸にまたがる今年最大の寒波、そしてオリンピック組織委員会の次期会長に関するニュースで1日が暮れたようでしたが、今朝は予報通りに「寒い!」と感ずる冷気が風に乗ってまつわりつき、納骨堂の解錠でさえコートを着ていないと凍えそうになりました。「冬はつとめて(冬は早朝がいい)」と書いた清少納言にとってはこれくらいの寒さはむしろ《最高》なのかもしれませんが、暖房生活に慣れきった現代人にとっては《最悪》です。そんな中で、今回の地震で被害を受けた人たちにとって暖房はどうなっているのでしょう。体育館に避難した人は「寒くて眠れなかった」と言っていましたが、専門家からは「同程度の余震が今後もあり得る」との発表もありました。こんな状況では、三好達治の詩(「太郎をねむらせ 太郎の屋根に雪降り積む 二郎を眠らせ 二郎の屋根に雪降り積む」)で詠われている家族の愛と暖かい夜具に包まれて熟睡する子供達のようにはとてもなれないですよね。
島根県知事は政府のコロナ対策に対する不信感で「聖火リレーは中止も考えている」と発表しました。「いよいよワクチンの接種が始まった。これでコロナが収まる」と浮かれている菅政権ですが、地震に加えて今回の寒波に打ちのめされている人たちの存在も《我がこと》のように捉えてほしいものです。
(一昨日に載せた胡蝶蘭が咲きました)

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昨日の仏婦研修会では予定通り「浄土真宗と女性差別(仮名称)」という内容を話しました。邪馬台国の卑弥呼から始まって平塚らいてうの『青鞜』までの間に明らかになってきた女性差別の存在とその底に潜む《五障・三従》という考え方、そしてその考えが宝蔵菩薩の第35願にもあり、それが親鸞聖人の『浄土和讃』や蓮如上人の『御文章』にも見られる事実。また聖人の結婚と女人差別の否定等々まで進み、最後は「森氏の言葉は『男子厨房に入るを許さず』ということが当たり前であった時代の産物であり、それが今になっても残っている。結局私たち自身が差別意識を持って生きていかなければならないのではないか」という言葉で締めくくりました。勿論、いつものとおりに話の内容も脱線しまくり(『不許入葷酒山門』や「女性は土俵から下りてください」というアナウンスの引用など)の25分でしたが、話し終わって残ったものは「疲れた~!」でした。
今回の研修会の事前準備では、「たしか、本山から『これは差別的内容だから、使わないように』という指示があったはずだけれど、何だったかなぁ」と記憶をたどっていろいろ調べたり、話す内容の流れを何通りか考えたりと、教育実習で頭をひねりながら苦心して《指導案》を作った時の《悪夢》がよみがえったようでした。55年も前のことなのですけれどね。(終わった後は、窓辺に置いているアマリリスの花が目にまぶしかったことです)

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今日は当寺仏教婦人会の研修会の日です。原則として毎月15日(盆の8月と報恩講会の11月を除く)に実施しており、読経と賛歌の後で住職が法話をすることになっています。以前はテーマを決めていましたがここ数年は随時内容を変えていますので、いつも「何を話そうか」というのが悩みのり種です。とりあえず今回は森(元)会長の言葉から《女性差別》について話そうと考えていますが、この問題こそ親鸞聖人が悩まれたものでもあるのです。そして、数年前にローマ法王もこの問題を取り上げられたことがあったほど宗教界においても大きな問題になっています。したがって、今日の研修会ではとりあえず(トマトの皮程度の薄さであっても)聖人と恵心尼との結婚(仏教界における異端行為)等も含めながら話していきたいと思っています。(「どの程度深く話せるか」「解説に間違いがないか」などの心配もあって、今からドキドキしていますが・・・)
そう言えば、窓辺の胡蝶蘭が蕾を膨らませてきました。もうすぐ開花すると思いますので、その時にはまた写真を載せます。

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3月11日は10年前にあの未曾有の東日本大震災が起こった日ですが、夕べは福島沖で震度6強(マグニチュード7.3)の地震が起きました。昔から怖いものの代表として「地震、雷、火事、親父」という言葉があります(「親父」は当て字とも言われます)が、中でも地震は突発に起こるものですから予測がつきません。近年は数秒前に《地震予報》が出ることもありますが数秒では逃げることも出来ませんし、何より突然の《ビー》という音には驚かされます。実際に数年前に鳥取で震度5弱の地震があった時は京都の建物の中にいて、私の携帯にかかってきた突然の地震警報音で驚くとともに周りの人の視線が恥ずかしいやら・・・。
しかし、今回の福島沖の地震では常磐道の土砂崩れ以外には人的被害もないそうですのでホッとしていますが、現地の人たちにとっては10年前のあの津波の恐怖が呼び起こされたことでしょう。「10年一昔」とは言いますが、「災害は忘れた頃にやってくる」とも言われます。近年は太平洋側で起こると言われている『南海トラフ大地震』が問題になって日本海側に分散を実施している会社もあると聞いていますが、鳥取も昭和18年の大震災で大きな被害を受けています。やはり地震は怖いですよね。

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同派寺院の坊守様が往生されました。ご住職は(高校と中学の違いはありますが)同じ教師という立場でしたからいろいろいと話をした方であり、坊守も寺族婦人会の会長として入院加療中でも頑張ってこられたことは当寺の坊守からも聞いていました。私よりも10歳ほど若い方であり、坊守達も「これからは若い人たちの指導を」と思っていた方でしたが、これも「生者必滅」の理。心からお念仏申し上げます。ただ、同派寺院の方が往生された場合はいつもなら住職・坊守ともにご葬儀に参列させていただくのですが、今回はコロナ禍のただ中でもあるため、組長を初めとした執行部だけで勤めさせていただくことに決まったようです。
最近はご門徒の方々の葬儀でも《家族葬》ということで身内だけで勤められることが多くなりましたが、葬儀の意図は本来「生前にお世話になった方々へ感謝の意を伝える」ものであり、宗派の考え方や地域性によって多少の違いはあっても根底は同じことです。近年は《直葬》や中には《0(ゼロ)葬》というものが増えていますが、「自分が今ここにあるのは多くのものが支え守ってくれているから」であり、換言すれば『我は彼なり、彼は我なり』なのですが、このことが忘れられていくのは悲しいことですね。(このことは釈尊も《縁起》という言葉で説いておられます)

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昨日は法務があって車で出かけましたが、寺を出たときには何もなかったのに法務後にエンジンを作動させるとカメラから今まで聞いたこともないメッセージが。「緊急時の作動が終わりました。このまま録画するなら、oKスイッチを押してください。」との言葉とともに画面にも文字が出ましたが、運転の途中で停まるわけにもいかないので駐車場に入るまでそのまま。駐車してから再度メッセージを確認しましたが、その《oK》のスイッチの場所が分からず、やっと見つけても今度は作動に対する「はい」と「いいえ」の切り替え方法が分からない。なにしろ機器自体が小さい上に文字も小さいカメラですから、体をひねりながらあちこちを爪先で押してやっと元に戻した次第です。しかし、機器をセットしてから今まで何もなかった(当然のこと機器操作もしていない)のに、突然に訳の分からないメッセージが出るのは心臓に悪いことです。そう言えば、走行中に前の車から泥水をハネ上げられると「安全装置の作動ができない」とのメッセージも出ますが、さすがにその度に駐めてフロント部分を洗い流すことなどできませんから、会社の方で責任を持って何かいい方法を考えてほしいものですね。

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「原発事故からの復興を伝える」というモットーにした今回のオリンピックがいつの間にか「コロナに打ち勝ったこと」に変わっていますが、「原発事故~」の強い思いでトーチを掲げようと手を挙げた人も今回のことで棄権しました。「こうでもしなければ、自分たちの真意が伝わらないから」との理由です。しかし、森会長の辞任を言い渡せないのは《金》の問題とともに「この人をかついでいれば・・・」という《自己保身》がすべてです。「政治家達のこんな醜い心にまみれたオリンピック精神では、たとえ強行実施しても誰も着いてこない」と思うのは間違いでしょうか?
昭和39年10月10日に開会した東京オリンピックは「戦後日本の復興を世界に伝えるため」という目標であり、その10日前の10月1日に新幹線の第1号が走りました。青空の下、開会式で晴れがましく歩く日本選手の姿や《東洋の魔女》と呼ばれた女子バレーの勝利に興奮した数日間。そして、「24時間働けますか」というCMに代表される日本人のガムシャラな労働意欲を生んで日本経済を世界でも有数のものにしていったのも、すべて《オリンピック効果》であったといっても過言ではないでしょう。また、現在では当たり前である《携帯電話》や《缶コーヒー》が初めて登場したのも、数年後の大阪万博(《月の石》がアメリカ展示館で目玉になっていましたが)でした。もちろん日本の技術者達のたゆまぬ開発努力があってのことです。
このような《興奮と発展の時》を過ごしてきた私たちにとって、「お・も・て・な・し」という言葉で人々の心をつかんだ今回のオリンピックが《商業理念で汚れたもの》になってほしくないと願うのは当然ではないでしょうか。

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相変わらず世の中は森会長に対する非難ばかりです。IOCも政府関係者も態度を一変させて非難に舵を切りましたがそこに見え隠れしているのは周りに対する《保身》だけ。「そんなことなら初めから擁護しなければいいのに」と思いますが、これも政治家として《うまく渡る手段》としての必要不可欠な資質なのでしょうね。他人(国民)を馬鹿にすること甚だしいことですが・・・。
ところで、日本にワクチンが届く日が来週に近づきましたが、今になって厚労省から「注射器1本の接種は6回から5回に減る」という連絡が入ったとのこと。「たった1回分」ではあっても、たとえば町民が6万人という自治体では注射器の必要数が2000本追加になり、もっと多い人数ならば当然に追加本数も膨大になります。しかも、注射器を交換するのに必要な時間がたとえ5秒程度でもそれに人数分を掛けると膨大な時間になり、それが人の流れなどにも影響して今まで作っていた計画が根底から崩れることになります。こんな《後手後手》の指示で一番頭を痛めるのは自治体であり、たった接種1回分の違いが現場で作業にあたる医療関係者や会場の警備関係者にも大きな負担を与えることになります。「注意1秒、けが一生」ではありませんが、接種1回分(数秒)の違いが生む問題にまで気を配ってほしいものです。
(地面に散った白い万両の側では赤い万両が満開です)

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