住職のひとりごと

鳥取市にある浄土真宗本願寺派のお寺、淨宗寺の住職日記です。基本は毎日更新です。

イージスアショアの配備計画が見直しになりました。秋田の場合には書類に不正(ヤマトの角度を意図的に替える)が見つかって県民の反感を食らったことが原因でしたが、山口では「発射後のブースターは、落下をコントロール出来るから安全」と言っていたのに、今になって「現段階的には技術的に不可能」とのこと。こんなことは最初から分かっていたはずなのに、《配置ありき》で動いていたものだから、誰も本当のことが言えないままに今日まで来たと言うことでしょう。沖縄の移転計画とその後の埋め立て工事とともに、全くの《国民無視》です。
昨日は大阪府知事と伝染疾患の専門家との対談が放映されていましたが、知事は「第2波・第3波における対応」について「大切なことは起こさないこと、発生源とその原因をしっかりと把握すること、弱者と医療従事者を守ること」として、それを具体的に説明していましたが、政府は「そんなことは起ってから考える」として国会の閉会を宣言しています。そのくせ、国民の10倍以上もある給与やボーナスは「貰えるものはきっちりと貰う」という態度ですから、「追求から逃れるため」の閉会と言われても「知らぬ存ぜぬ」の一点張り。本当にマックス・ウェイバーの説く『政治家の資質』とは真逆の《政治屋》根性丸出しですね。

これほど青空が懐かしく思われたことはありません。昨日は夕方から盛んに「◯◯地区に洪水警報発令」などとテロップが流れるので親戚もあるために心配になりましたが、幸いにして長続きすることもなく解除されました。しかし、同じ《解除》でも東京の《自粛解除》では昨日も47名の罹患者が出ましたので、そちらは大変ですね。昨日はご門徒の娘様が来られましたが、「県外者ですので、ここから」と言って玄関の入口近くに立たれたままでした。こちらはそんなに気にしないで、宅急便の方とでもいつもと変わらず直接に対応しているのですがねぇ。よく見知っている人でもマスクで顔が半分隠れていると判別できないこともありますが、対面できないと余計に意思疎通が出来そうにありません。『新しい生活様式』とは言え、やはり顔を合わせて話すことが一番ですよね。
今日の写真は、30年近く前に同じ学校で勤務していた先生からいただいた青紫のガクアジサイです。大きな株でしたが、去年に生き残った小さな1株を植え替えてこれだけになりました。(昨日の紫陽花は、数年前の『父の日』に娘から貰ったものです)

今日も大雨で樋が全部の水を流すことが出来ず、あふれた雨水が盛んに流れ落ちてきます。いつもは濡れない玄関の入口も半分近く濡れていますので、隣の納骨堂に行くまでの数歩でも傘を差しての移動となりました。こんなことは台風以外では初めてです。ちょうど今ラジオで降雨量を放送していましたが、中国地方では24時間のうちに降る総降雨量が120㎜になるとのことで、大雨・強風・洪水警報が出ている地区もあるようです。これではもう台風時と同じですね。昨日のお寺参りの時にはちょうど小降りになったのでお参りの方(車は境内に駐めてもらいました)にとっては濡れなくて助かりましたが、今では数日前に「植木が弱ってきたので慈雨がほしい」と願った言葉を撤回したい気分です。列車では運行停止をした線も出たようですが、マスクもまだ届いていないし、給付金も今もって入金もされていないしで、さんざんです。

昨日は梅雨突入ということで納得の《ジメジメ感》になりましたが、午後から梅雨前線の影響で大雨。雨不足に対応するためにバケツを置きましたが、今朝は大型容器も3つのバケツもすべて満杯状態です。「乾燥→シトシト雨→大雨」がわずか1日のうちにやって来たので、驚いているのは人間だけでなくメダカもです。日陰を作るために立てかけてやった簾ですが、メダカにとっては《軒端》だと思われているかもしれませんね。しかし、この雨で困るのは我々も同じで、法衣の裾も足袋もずぶ濡れになります。かといって長靴を履いて行くわけにもいきません。3月のお参りでは坂道を登ってお墓に行くこともあって長靴を持参したことがありましたが、こんなことは特別です。確かに雨用の草履もあることはありますが、今回のような大雨ではあまり役に立ちそうもありません。せめて足袋の替えを持参しましょうか。
今日の写真は、亡母が茶室用に植えていたガクアジサイにしました。別名はシーボルトも言った『オタクサ』です。

過日(月曜日)、君子蘭を差し上げたご門徒より「いつ株分けをすればいいのか」と聞かれました。私は何度か株分けして鉢を増やした(増えすぎで困った)が、時期を意識して株分けしていないので早急には答えられません。でも「梅雨の投げ捨て」という言葉もあるくらいですから、「これからがいいのでは?」と答えました。今朝は境内に置いていた鉢植え(紫陽花)に花が付いているのを発見しました。なにしろ置いていたのが日陰でしたから、茎もヒョロヒョロしているし花芽が付いているとは思っていませんでしたが、その花を見て10年近く前に娘が『父の日』に贈ってくれた1株だったことを思い出しました。別の年の紫陽花はちゃんと手入れをしていたので今年もしっかりと赤い萼を開いていますが、こちらはうっかりと日陰に置いたままにしていたので、茎も白い萼も弱々しい姿です。「今度はちゃんと剪定して茎も太らせる様にしよう」と《反省》した今朝です。

昨日の本堂でのご法事は暑かったですね。西側は庫裡に続いるために風が入ってくるということはありませんが、それでも東(公園)側と北(川)側の戸を開け放ち、外陣では扇風機も2台作動させていましたので、換気は十分です。しかし、問題は内陣の方。わずか一段高くなっているだけですがそれでも暖気は確実に上がってきますし、外気を入れるためとは言っても戸を開け放つことは出来ません。おまけに夏用の色衣は(見た目には透けて見えて涼しげですが)通気が良くありません。その法衣(下着も含めると4枚+袈裟)を身につけてしっかりと声を出すのですから、ご法事が済んだ後は下着まで汗びっしょりの状態です。
しかし、そんな暑かった昨日とは一変して今朝はドンヨリとした空気。天気予報ではいよいよ梅雨に入ったということですから仕方がありませんが、急激な《高温⇒高湿》の変化に身体の方が順応出来ません。これを書いている今でさえ身体も頭もスッキリしていません。睡蓮鉢の中で気持ちよく泳いでいるメダカたちが羨ましいことです。

昨日は午後から窓辺に置いていた水槽を取り除いて容器を取り替えました。ガラスの水槽では貝が発生して入れていたメダカの稚魚がいなくなったことから入れ物を取り替えたのですが、今度は稚魚がよく見えます。中に入れているものは100均で売っている台所用品を使って卵を産み付けやすくしたものですが、境内の火鉢に入れていたらメダカの卵がついていたのでこちらに移し替えてやったものです。今朝は1~2ミリ程の稚魚が10匹近く泳いでいるのが見えました。まさか一晩で孵ったのではないでしょうが、じっと目をこらして見ていると、赤ん坊のようにヨチヨチと泳いでいます。あっ、メダカに「ヨチヨチ」はないですよね。でも、少し成長すれば「スイスイ」という表現が当てはまりますが今の姿はどう見てもスイスイではないし、それに当てはまる擬態語がみつからないので仕方なく・・・。写真では小さすぎて写っていませんが、その姿には癒やされることです。ついでに、境内にあった睡蓮鉢を洗って水を張り、玄関に置いています。ここにも別のメダカを入れてやる予定です。
(『紫陽花の写真展』の予定でしたが、続きはまた後日に)

昨日のこの欄を書き終わってから、泰山木の落ち葉を掃き集めに出ました。山茶花や椿の下に潜って熊手で落ち葉をかき集めましたが、実はその作業の前にすることが・・・。納骨堂の石碑の奥にはタマノカンザシやバラなど10鉢近い鉢植えが置いてあるため、最初にそれらを動かしておかないと落ち葉が集められないのです。そのため、最初の仕事はそれらの移動。まぁ、何ごとも《手順》をちゃんと踏んでおけばスムーズにいくものですね。それから木々の下に潜って落ち葉を掻き出しましたが、昨日も書いたように大きくて硬い葉なのでちり取りよりも手で掻き取った方が早いため、ゴム手袋をしてそのままゴミ袋へ。かかった時間は1時間くらいでしたが、終わった後の境内はスッキリしています。残った仕事は鉢植えの復元だけでしたが、バラの鉢だけは陽がよく当たるように公孫樹の方に移動させました。しかし、落ち葉がなくなった途端に逆に目に付くようになったのが雑草です。今は土がカラカラに乾いているせいでうまく抜けないので、雨が降るまで待たないと駄目のようですがね。
今日からしばらくは『紫陽花の写真展(笑)』です。その後に挿し木が出来たらいいのですが・・・。

この時期は新緑から青々とした若葉に移り変わっていく頃で、江戸時代の俳諧の「目には青葉 山ホトトギス 初鰹」がよく知られていますが、境内では唯一落葉している樹木があります。初夏に真っ白な花を咲かせる泰山木がそれで、花を咲かせる前に古い葉を落としていくのですが、この泰山木の葉は硬くて「放っておけば腐って堆肥になる」というものではありません。その上毎日のように落ちてくるので、木の下が落ち葉で埋まるだけでなくツツジの枝や植木鉢の上にも落ちてきて、それを取り除くのがまた大変です。硬い上に葉がそこそこに大きいのでゴミ袋もすぐに一杯になり、本当に掃除が大変です。
ところで、今朝は近所の方からいただいた数種類の紫陽花を写真に撮りましたので、明日からしばらくは《紫陽花の展覧会》的になると思います。とりあえず、今日は泰山木の落ち葉の写真にしていますが・・・。(誰か掃除を手伝ってほしいなぁ)

「事業費に108兆円とか予備費に10兆円と宣言している中で『go to キャンペーン』の事務費の3000億円程度はすんなり通るだろう」というような意識が見え隠れする政治家の金銭感覚ですね。まぁ、国民からみれは膨大な給料でも、減らされることもなく《当り前》のように受け取っている議員達にとっては10万円を慈雨のように感じている国民と金銭感覚が違うのも当然でしょうね。
慈雨と言えば昨日は東日本では豪雨と聞いていますが、それを少しでも分けてほしい鳥取の降雨量です。今頃は人によれば「待ちに待った鮎釣り」が始まる時期ですが、雨量が少なければ鮎の食べ物である苔も育たず、遡上も出来なくなります。また、田植えが終わった水田にとっても(境内の植木達にとっても)大切な雨ですが、降雪がなかったことも加わって《水不足》が心配になる今年の夏です。なにしろ、6月に入ってから28度前後の毎日ですから、やっと昨日から温風機に変わって扇風機が各部屋に鎮座しています。

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