住職のひとりごと

鳥取市にある浄土真宗本願寺派のお寺、淨宗寺の住職日記です。基本は毎日更新です。

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昨日の寒さは今冬の寒さと違うもののように感じられ、外に出ると指先まで凍え、コートを着ていても寒さが身にしみるほどでした。前日の暖かさに心も身体も緩んでしまっていたからなのか、冬まっただ中と同じ寒さなのに異常に厳しく感じられたことです。それでも路面凍結はなかったので安心していますが・・・。
室内の窓越しに白の万両が見えるのですが、昨日はいつもの違って見えます。どうも地面に葉も実もへばりついている様子なので写真に撮って確認すると、枝が折れています。過日の雪で折れたのかとも思えますが、この1本だけというのも納得できません。当寺の周りには野良猫が数匹(裏に住んでいる人が餌をやるため)いてそれが天気のいいときにはいつもこの辺りでジャレあっており、ここ数日はここで寝そべっていたので、もしかすると冷たい地面から少しでも逃れるためにこの上にいたのかもしれませんね。ここに万両が生えているのは普段見ている風景ですから、その《当たり前》な景色故にきっと今まで気づかなかったのでしょうが、この《当たり前》《それが当然》と思い込む心理が今回の森会長の発言とそれに対して笑うだけだった周りの男性理事の心にも根付いていたのでしょう。今回のことで今一度振り返るべき今回の事例ですね。

昭和35年の父の姿0001
昨日は100年前の本堂のことを書きましたが、数年前に同派の勤め合い寺院から先代(亡父)が写っているの写真を戴きました。どうもご門徒のご葬儀に列座した時のもののようですが、若いですね。どう見ても30代に思えますが、これを見ていると近衛兵として騎馬隊にいた時の写真よりも少し年を取って見えますので、40代かもしれませんね。
亡父は野球好きで「ショートを守っていた」とか、時には「お参りの途中に頼まれてグランドに入り、法衣を破ってお参り先で繕ってもらった」などと懐かしそうに言っていたこともありました。しかし、戦時中に馬に蹴られて痛めた膝を終戦後何年も経ってから再度痛め、私の記憶の中では5月頃までいろいろな方法で膝を温めていた姿が残っています。それでも初めての内孫(外孫は10人いる)には甘く、自分の膝に座っても痛いとも言わないし、入院していた時には登校中に病室に向かって手を振る小1の孫の姿を窓から見ていたり、家のベッドに伏せていても孫達が来るといつもニコニコしてうれしそうに枕元に置いているチョコレート(少なくなると、私がいつも補充していた)を渡していました。そんな亡父も妻(亡母)と1年と1日違いで往生し、それからもう40年近くなります。私も今年1月に73歳になって亡母の歳を超えましたが、亡父の歳までにはまだ5年あります。せめて2人の歳を超えるまで頑張りたいものです。

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本堂と私の部屋には1枚の絵が掛かっています。この絵は市内で自転車店をしておられた方が「記憶にある市内の様子を残すため」ということで書かれたもので、数年前にやまびこ博物館で展示してあったものを複写してもらった100年前の当寺が描かれているものです。その絵には袋川の土手から階段(3段)を上ったところに建っている本堂と、その横を流れている疎水が描かれています。私の子供の頃の記憶にもこの疎水はありますが、記憶の中の疎水は120~130㎝幅で、流れている水は少ないながらも寺前の袋川(小学生の頃は、この川でよく鮒釣りをしていたものです)に注いでいました。しかし、この本堂は残念ながら3歳の時の鳥取大火で全焼したので私の記憶には土台だけが残った空き地だけしかありませんが、数年前に亡くなった兄から「自転車を抱えて階段を上っていた」と聞いていたとおりです。子供の頃に生活していた庫裡の台所や物置のようになっていた二階部屋の様子、またその頃にあった古い納骨堂等は今でも時々夢の中に出てきます(よく考えると、その夢に出てくる姿は時間的に前後している??)が、やはり「自分の目で見ていないもの」は夢にも出てこないものなのですね。

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昨日に続いて今日も青空。机の前にある窓はエッチングした磨りガラスのために青い色が見えるだけですが、それでも何かウキウキしてきます。数年前に向かいにあった3階建ての建物を参詣者のために撤去して駐車場にしたので、今では開放感で一杯です。もっとも、そのために窓辺に置いた鉢植えは元気そうですが、そこで仕事をする時(特に午後から)には逆に射し込んでくる太陽がまぶしくて遮光カーテンを閉めることになります。どうも、何事も《完璧》ということはないのでしょうね。
ところで、射し込んでくる日光を受けている窓辺の鉢植えですが、蘭はまだいいとしてアマリリスは素焼きの鉢を使った《水耕栽培》状態のために伸びた葉に対して球根とのバランスが悪く、ちょっと目を離すとすぐ倒れてしまいます。今はまだ蕾の時に伸びていた茎を紐で鉢に固定しておいたままなのですが、3月になって土が暖かくなったらそちらに植え替えしてやろうと考えています。その方が《光合成》が活発になって球根をより太らせるだろうと思っていますから。「また初冬になったら掘り起こし、球根を《冬眠》状態にして・・・」と考え、次期の花の姿を今から想像して楽しんでいる私は、本当にバカみたいですよね。
(写真は、前に剪定していたところからまた新しい花をつけ始めたベゴニアです)

キャンディーズの歌ではありませんが、東京では早くも《春一番》が吹いたとのこと。鳥取の今朝の空気は冷たくてとてもそんなニュースを信じられませんでしたが、数時間経ったら透き通るような青空になって空気もなんとなく暖かいような・・・。やはり「春近し」なのですね。今朝もいつもの時間に起き出しましたが、何かバタバタしているうちに月参りの時間が迫り、結局『独り言』は帰寺してからになりました。集会室に置いていたピンクのアマリリスは4輪とも咲き終わましたので、今は窓辺に置いています。いくら外の気温が上がっているとはいえ啓蟄はまだ先であり、「土に戻す前に少しでも球根に栄養が回るように」との思いからです。
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そして、その側では花の部分だけがダラリと伸び元気のなかったベゴニアが新しい花芽をつけて数輪咲き始め
ました。土手の桜の蕾はまだ堅いようですが、境内では鉢植えのクリスマスローズが「今や遅し」と蕾を膨らませています。こんな様子を見ていると「本当に冬の終わりも近いのだなぁ」と思えることです。もっとも、その次にやってくるはずのあの《猛暑》の日々がなければ最高なのですけれどねぇ。

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オリンピックの開催について「なんとしてでもやる。問題は国民の意識だ」などと発言して豪州からは「JOCのボスは中指を立てた」などと世界中から嘲笑されている森会長がまた世界中(特に米国や仏国)からあきれられています。JOCは世界の流れに合わせて女性の理事を増やそうとしていますが、昨日の会議で「女性は対抗意識が高く、話が長くなる。女性理事の発言には時間制限をかける必要がある」などと言って《女性差別》的発言をしたのです。しかも、それに対して「他の委員(男性)からは笑い声が起こった」とのこと。この笑いは決して森会長に対してではなく発言内容について追従する《おべっか》だということは誰が聞いても分かりますが、こんな理事達では森会長の「なんとしても絶対にやる」との言葉に反論する訳がありませんよね。
コロナ禍で倒産した企業や退学しなければならない多くの学生を初めとして《生きる》ことに必死にならざるを得ない人々が多く、そのために80%もの国民が今夏の実施に反対している中で、満額の給料を貰いながら(名目は違っても結局は我々の汗と涙の結晶である)税金を使って銀座のクラブで遊んだり「楽しくホテルに泊まっています」と嬉々としてSNSに投稿して喜んでいる議員達の集まりですから、国民が反対している真意が分かるわけがないですよね。
(書きたくなかったのに、また今日も愚痴っぽい内容になりました。すみません)

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事務室のPCが古くなって稼働に時間がかかったりフリーズし始めたので昨秋に新しくしましたが、その時に必要なことは入力してあるものの移行で、その方面についてはまったくの《機械音痴》のために業者に任せていました。メール関係について今までは出来るだけ午前中かせめて夕方までに済ませていたので気づかなかったのですが、個人的事情で夜の操作も多くなってきた昨今、午後9時を過ぎると入力しても作動しないことにやっと気づきました。どうも作動させる時間設定がしてあったようです。《機械音痴》という自意識が「下手に動かすとへんになるのではないか」という気持ちを生み、あちこちクリックしてみるのが怖かったのです。昨夜の操作でなんとかなったと思いますが、その結果は今夜出るでしょうね。
しかし、学生時代から今まで半世紀以上もガリ版とローラーによる手動印刷から始めてタイプライターやリソーFax、ワープロ、はたまたドラム回転式のFax等に至るまで何種類もの機械と格闘(?)してきた私ですが、さすがに現在のPCとその進化のスピードにはついていけません。なにしろスマホでさえもウロウロしている私ですから、児童生徒達が(対面でなくて)画面の中の先生を見ながら授業を聞いている姿に驚くばかりです。コロナ禍で当たり前になりつつあるこの様子を《時代の流れ》として受け入れるのは仕方ないのかもしれませんが、子供達の顔を見ながら「分かってくれたかなぁ」「どうしたら集中するかなぁ」などと考えて苦労しながら進めていった授業が懐かしいことです。

今年は124年ぶりに節分が2月2日になりました。そして、節分の次の日が立春。先日積雪が溶けてしまったのも納得です。「春来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞ驚かれぬる」という歌もありますが、1日1日と春の足音が近づいてくる気がする昨今です。
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以前、シンピジュウムと並べて置いたアマリリスの写真を《団子3兄弟》と書いていましたが、その末っ子がやっと開花しました。真ん中はおとなしいピンクの一重でしたが、今度は真っ赤な八重。普通「末っ子は甘えん坊」と言いますが、《3兄弟》の末っ子はどうもヤンチャな雰囲気を醸し出しています。しかし、それにしても全くと言っていいほど葉が伸びていませんので、これでは土に戻しても果たして栄養素を蓄えることが出来るのか心配です。やはり《末っ子》はいつまでも手がかかるもののようですね。(ちなみに、私も7人兄姉の末っ子です。少し前に73歳になったばかりですけどね)
立春を待つ日差しを受けて、境内ではピンクの八重や白の大玉や白玉椿などの椿が咲き始めています。山門横の蝋梅は去年の秋に剪定したためか蕾をつけている枝が少ないようですが、母の往生後に届いた(家族の誰も注文していたことを知らなかった)もの。なかなか大きくなりませんが、枝一杯に咲く日が待ち遠しいものです。

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突然の降雪も困ったものですが、一番困るのは、その後にやって来る気温の上昇です。こんな時には大抵《雪崩注意報》が出ますが、これは何も山だけでなく町でも起こります。屋根から雪がずり落ちてくるのです。しかもそれが本堂だと、高さもあるので落ちる時の衝撃は大変なものです。当寺もご多分に漏れず向拝の所にはずり落ちた雪が1mほどの山になっていました。もっとも、子供の頃(60年以上昔)はもっと多くて2m以上になっていましたが・・・。昨日はその塊をバラして境内全体に撒きましたが、夕方にはほとんど溶けてしまいました。
今日から2月。旧暦では《如月》で、今まで「衣更着」意味だと思っていましたが、今日の新聞には「衣を更に(重ねて)着る」ではなくて「眠っていた木々が目を覚ます」だと載っていました。まぁ旧暦の語源にはいろいろとあってどれが正答かは難しいところもありますが、本来なら旧暦では1月から《春》(だから、年賀状に『初春』と書く)なのですから、大寒を過ぎた今は少しずつ春に近づくもの。梅里庵では白梅が開花したとの報道もありましたし、《重ね着》もそろそろ終り頃かもしれませんね。もっとも、当寺の白梅の蕾はまだ堅く小さいままですが・・・。
IMG_1596(4日前に73歳となり、とうとう私も亡母の歳を超えました)

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2日に『特別措置法案』が通過するようですが、70人超の法律学者が「刑事罰の削除は当然だが、そもそも罰則自体が政府の失策を国民にかぶせるものであり、法律違反だ」と告訴したそうです。去年の黒川氏問題の時と同様に、今回の告訴から『措置法案』が全面的に破棄の方向に動くことを願っています。なぜなら、総理は「罰則と支援をセット」と言っていますが、現実は罰則については具体的な内容を言いながら肝心の支援についてはまったく具体的な説明がなく、本当にそれが実施がされるのかどうかも分からないのですから。
ところで、この『独り言』を始めた時はその時々に思ったまま、感じたままを書くのが目的でしたが、昨年の中頃から愚痴や不満を書くことが多くなってきました。確かに愚痴や不満も「思ったまま、感じたまま」であることに違いありませんが、本来は日常生活の中に見られた喜びや楽しさ、《当たり前》のこととして見過ごしていた自然の美しさや花の可憐な姿などにもう一度目を向けて(もともと花が好きですから)、その思いを言葉や写真にするつもりでした。それがどうして最近はこんなに《愚痴》や《不満》や《腹立たしさ》を含んだ内容が増えてきたのでしょうかねぇ。
(今日の写真は、1週間前に載せたピンクの椿を接写したものです)

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