住職のひとりごと

鳥取市にある浄土真宗本願寺派のお寺、淨宗寺の住職日記です。基本は毎日更新です。

本当にいつになったら涼風が吹いてくるのか、今週も35度前後の連続という予報が出ています。世界で起こっている山火事は猛暑による乾燥が原因ですが、日本では《火の車》状態の国民の台所事情がこの熱波を生み出す一因ではないかと勘ぐってしまいます。
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「生命を守って」と言って冷房を奨励しながら電気料金の値上げを認め、過去最高値になりそうなガソリン代では大手元会社に補助金を出しながら国民にはダブルどころかトリプルの税金を課したままで減税しない政府のやり方は、某解説者に言わせれば「大口の票に直結しているから」とのこと。かつて中国には煙突から上る煙で民の生活を知ろうとした君子の話がありましたが、これでは同じ煙でも《火の車》で燃え上がる国民生活を「そのうち収まりますよ」とまるで打ち上げ花火のように見ていたり、「党のお金であって国民の税金は使っていません」とか「あんなつまらないこと(エッフェル塔の真似)で次の大臣の椅子を無駄にした」と反省の色がまったくない女性議員がいるのも当然でしょうね。
「あぁ、またつまらない愚痴になってしまった。何か心温まる話題はないのかなぁ」と言いたげな、フェンスの隙間から顔を覗かせているオニユリの心境です。

朝の日課としているものに新聞を読むことがありますが、今朝の新聞に面白い記事が載っていました。    
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スコットランドのネス湖と言えば直ぐに出てくるものが怪獣ネッシーですが、中世に聖人怪獣を見たと言ったのが最初で、その後1933年にホテルの幹部の発見談が新聞に載り、次の1934年に撮影された写真が初めてネッシーの姿を捉えたものとして有名になりました。もっとも、その写真は60年後に《作り物》と発表されましたが、今でもネッシーと言えば直ぐに思い浮かぶ程の有名な写真です。1972年に大規模捜索が行われてから今回が50年振りの大規模捜索となりますが、今では当たり前になっているドローン等も使って空からだけでなく水中の探索もするそうですから、アニメに登場する「coo」ではありませんが、何か心浮き立つような楽しいニュースですね。

寺の前を流れる(?)川は今もって泥水の体ですが、それでも少しその色が薄くなってきた気がします。丸2週間も泥水の中を泳いでいるのは亀が多かったように思いますが、それでも昨日は水面に鯉のたてる波紋が見えました。早朝に遊歩道ですれ違った人と挨拶を交わした時には涼しい風が肌に感じられ、「明日は気持ちがいいですね」との言葉が出るようになりました。しかし、それもせいぜい7時になるまで。
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紫陽花にからみついている蔓が目について気になっているのですが、「何とかしてやろう」と考える時には既に外は猛暑の気配がしているので、どうしても踏ん切りが付きません。一昨日に生け直した本堂の供花を生け直すことの方がやはり優先ですしね。

「秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞ驚かれぬる」とは有名な和歌ですが、立秋を過ぎてもまだ当分の間猛暑が続く昨今は朝のわずかな時間に吹く涼風にホッとすることです。この『独り言』に載せる写真が残り1枚になったので境内の中を被写体を探して歩き回りましたが、桔梗が1輪だけひっそりと咲いているだけで他には何もなし。
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ただ、サルスベリは元気に下枝をあちこちに伸ばしていましたし、その周りでは雑草が紫陽花やボケの枝に蔓を絡ませていたりして、足の踏み場もないほどです。なんとかしてそれらを整理したいのですが、なにしろこの暑さでは体が悲鳴を上げるので、やる気はあっても動く勇気が出ません。つくづくと「前を流れる川の泥が澄む頃になればなんとか・・・」と悲観的に考えている現在です。

とうとう今日から東電の処理水(汚染水)を排出することになりましたが、地元だけでなく多くの専門家も中止を訴えています。確かに《寝首をかく》行為ですから、当然のことでしょう。
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私は半月ほど前に「総理の『希釈しているから安心』という説明は《言葉のマジック》だ」と新聞に投稿(結果はボツのようです)しました。つまり「どんなに希釈してもその処理水を海に流す以上、希釈するために使われた海水はそのまま海に戻るだけなのだから一度に排出する処理水(トリチウム)の原液を予定よりも少なくして海に放出するのと同じであり、その結果全部を排出する期間が延びるだけだ」という内容ですが、最初に発表されていた「7年で終わる」という言葉も「30年以上かかる」に変更されていることからも「希釈しているから安全」という言葉は完全に《言葉のマジック》だったことが明白でしょう。見る人の心を癒やす花と違って、政治家の《二枚舌》ならぬ《嘘を嘘で塗り固める》発言に苦しめられるのはもうゴメンです。

昨日は突然に雨がパラつきましたが、《降る》という感じではなかったので熱を持った地面を冷やすことはなく、逆に外に出た途端に雨上がり特有のムッとする熱気に迎えられました。《台風一過》とくれば虫の音や涼しい秋風が連想されるものですが、やはり今年は《異常》なのでしょうね。猛暑に耐えて咲いた薔薇も弱々しい姿ですし・・・。
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ところで、岸田総理の処理水排出(汚染水の方がしっくりくるのですが)に対する発言は《二枚舌》と言うよりも「その場しのぎのでまかせ」としか聞こえません。「たとえ何10年経とうとも、しっかりと対応していく」との言葉でしたが、明日も分からない支持率なのに何期にもわたって自分が総理をしていくつもりなのでしょうか?しかも「地元での一定の理解を得た」と言っていますが、肝心の義業関係者はこぞって反対を表明しているという事実に対しては「知らない」と言うよりも、「聞く耳持たぬ」という態度が《透けて見える》どころか《丸見え》そのものです。まぁ、国民に対しては「時期は決まっていない」と言いながらバイデン大統領には同時期に排出することを確約しているというのですから、《国民無視》もはなはだしいことです。

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台風7号による線状降水帯から1週間経ちましたが、まだ前の川は泥水のまま。水の流れが少ないためなのかどうかは分かりませんが、今までの台風で1週間も泥水状態だったということは記憶にありません。今でも亀が数匹土手で甲羅干しをしていますが、人間(特に私)にはまた戻ってきた猛暑の厳しさが余計にこたえます。実際に昨日は近くの店に供花を買いに行きましたが、帰りの数分間の足取りが行く時よりも重く感じられたほどですから、よほど身体にこたえていたのでしょう。そのせいかどうかは分かりませんが、夜中に目が覚めてからはなかなか寝付けず、次に目が覚めたのがいつもよりも30分以上も遅い時間でしたからね。まさにこの万両の心境で、心から涼風を恋しく思う昨今です。

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君子蘭の葉が枯れてきたのと同様に、クロモジの鉢植えもこの通り。もう少し雨の降るのが早ければなんとかなっていたかもしれないのですがねぇ。もっとも、その雨のせいで4年振りに計画されていた花火大会まで(15日から20日に延期になっていた)が、会場になっていた千代川土手が増水によって壊されたために結局中止となったことは予定外ですが・・・。
実は、打ち上げ花火は当寺からはマンションが邪魔して見えませんが、何年も前に隣のビルの屋上から見たことがあります。その時は電話が入ったために私は途中で見るのをあきらめましたが、実は長男がまだ小さかった時に一度だけ親子3人で会場まで行ったことがありました。もっとも、その時も途中で雨に遭うなど散々でしたから、どうもいい思い出がありませんね。

台風一過で少しは涼しくなるかと思いましたが、昨日の墓参りは立っているだけで頭から汗が流れ落ちてきました。もっとも、木陰に入って涼感を感じたのはやはり《秋の気配》があったのかもしれませんね。
先日は『独り言』に土手にいたヌートリアの写真を載せましたが、昨日の朝は同じ場所に亀が8匹も甲羅干しをしていました。どちらも今回の雨で上流から流されてきたのでしょうが、相変わらず川の水は濁ったまま。新聞には「3日で復旧した」との記事が載っていましたが、同じ紙面には水道が使えないままの地域の人の話も載っていましたので、現実には大きな被害を受けていた道路が通れるようになった程度であろうと思われます。
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もっとも、視察にきていた大臣達に知事が《激甚災害》の要請をしたとのことですが、政府関係者がどれほどのスピードで動くのかは未定です。なにしろ「党費から出た金だから、税金は使っていない」と大見得を切った(党費も元は税金です!)女性議員達がいるような国会ですから、この君子蘭のようになっている今現在の被災者の悲惨な生活の実態が分かっているかどうかですからねぇ。


思い切って寝室の模様替えをしました。
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室内の半分を占めていたベッドは亡父が病気になった時に購入したものでまだ十分に使えたのですが、部屋の広さと使い勝手の関係からまずそれをそれを処理しなければいけなくなりました。40年前に父の看病の関係から上げ下げする布団よりも便利なベッドにしたのですが、「マットレスが柔らかくて腰が痛い」と言うので慌てて畳を敷いて布団を使えるようにしたことや、子ども達が小さな時にベットで寝ている父の側に行ってチョコを貰ったりしていた(少なくなると私が補充していた)ことなどが懐かしく思い出されますが、時とともに部屋の使い方も変わってくるのでこれも仕方ないことです。毎年のように咲く花と違って一度失うと二度と見えなくなるので寂しさもつのるためベッドの写真は撮っていませんが、この部屋は私の退職の時に建て直してから15年使ってきたものですので、この15年という時間の長さを今さらながらつくづくと考えることです。

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