住職のひとりごと

鳥取市にある浄土真宗本願寺派のお寺、淨宗寺の住職日記です。基本は毎日更新です。

IMG_1584
夕べの雪質と降り方から「明日は20㎝は積もるなぁ」と思っていましたが、今朝の積雪量は少し少なくて16㎝程度でした。その中を除雪機(今冬3度目)を稼働させて参道をあけましたが、機械で除雪できない所はスコップです。その時になんとなく「雪が重い」と感じたので、思っていたよりも水分が多い雪になっていたのでしょう。夕べは車にひっついていた雪がこびりつくほどでしたが、さすがに《大寒》も過ぎた今は「寒い」と感ずる気温でもないので、午後からは雪解けが始まるかもしれませんね。
ところで、本堂の花瓶に活けていた千両は花を生け替える時に実を取って袋に残していますが、どうも当寺の土地と千両とは《相性が悪い》のか(万両はあちこちで新芽を出していますが)、なかなか根付きません。亡母もそのことを言っていましたが、やっと裏庭の一画に1株だけ根付きました。これは生け替えた後の実を何年間も蒔いていたためだと思いますが、人に聞くと「蒔く前に実に傷をつけておくことが大切」とのこと。もしかすると実を取った後で黒くなるまで置いていたのを蒔いたのが逆によかったのかも・・・。本当に自然は「人間の思い通りにはいかない」ものなのですね。
(写真は、白の万両です)

IMG_1586
『措置法』の改正では刑事罰を削除することで与野党の合意を得ましたが、何か最初からそうなるように仕向けられた感があります。CMでよくやる方法で、最初に高値を示しておいてから「◯◯円の値引き」と言って購買欲をあおるやり方にそっくりなのです。本来なら、罰則で締め付ける前にその必要がないように十分な策を検討するのが為政者の仕事のはず。それを、支援の追加を求められて「生活保護があるだろう」と突っぱねる総理には、日本の政治家の本質(《我こそは》という意識)が見られました。
そもそも《生活保護》を申請すると親戚や親兄弟に「この人が生活保護を求めているが、行政の代わりに面倒をみられないか」という調査があり、その人にとっては最後まで持ち続けたい《人としての誇り》が傷つけられることになります。また、相談に乗ってくれる人が誰もいないからこそ申請するのであって、「自分が代わりに・・・」という人も当然に出るはずがありません。そのように種々の事前調査があるので、認定までに長時間かかるだけでなく認定される率も非常に少ない(中には、申請書さえ出してくれない所もある)のがこの《生活保護制度》なのです。それに「車がないと就活も出来ないし、見つかった仕事にも行けない」状態でも、《生活保護》の規定では「車を持てる者は認められない」という矛盾もあります。
(でも、こんな生活保護の条件などを総理達は知らないのでしょうね。《上級市民》ですから・・・)

IMG_1560
先日植え替えたディフェンバキアは失敗しました。寒さの中でなんとか頑張っていたのを急に植え替えてやったので、《親心》が逆に徒になったのかもしれません。もっとも、固くなっていた土を木くず(バーキュライト)に変えたのも原因の一つかもしれませんが・・・。境内で万両と千両を並べて鉢植えしていたものもなぜか千両だけが枯れていましたが、やはり気候の変化に対する適応の差が植物にもあるのかもしれませんね。そう言えば、3年ほど前にご門徒から戴いたタマノカンザシも、冬場に《親心》で室内に入れていたら弱ったので次の冬は外に出しっ放しにしていたらちゃんと花をつけたということがありました。『やはり野におけ、レンゲソウ』ではありませんが、「それぞれに合った環境というものがあり、それを人間が勝手に変えていいものではない」ということなのでしょう。とはいえ、きっとまた同じ失敗を繰り返すことでしょうが・・・。どうして人間というものは《失敗》から何も学ばないのでしょうかねぇ。それとも、私だけ??
(写真のベゴニアは花芽がなくなり、葉だけになっています。とりあえず元気です)

IMG_1575
もう何十年も前になりますが、恐竜が全盛を誇っていた白亜紀よりも3億年ほど昔(デボン紀)に生存していたシーラカンスが1938年に南アフリカで発見された時は《生きた化石》として大変なニュースになりました。その後は南アフリカやインドネシアでも数匹が発見されていますが、先日駿河湾の2100m超の深海で超大型のイワシが発見されました。それまでにも35㎝もの大型イワシが発見されて《セキトリイワシ》と名付けられていましたが、今回発見されたものは実に140㎝以上もあり、その大きさから《ヨコヅナイワシ》と命名されたそうです。普通に鰯と言えばどんなに大きくてもせいぜい15~20㎝程度だと思っていましたが、それが140㎝となるともう「魚偏」に「弱い」と書く《鰯》ではないでしょう。以前にも数十mにも成長する《ダイオウイカ》をTVで見たことがありましたし、そこから「巨大イカや巨大タコに船が襲われ、船員達を恐怖に陥れる」という内容の映画が作られましたが、月面に人間が立ったり月の裏側を見ることが出来る現代になってもまだ陸上で生活している人間にとって「海の底は今だに《未開の地》だ」と言われています。しかし、いくら《未開の地》であっても駿河湾は日本からそんなに離れている場所ではありません。そんな場所でこれほど巨大なイワシ(しかも新種)が発見されたという今回の発表は、なんとなく我々を『海底戦艦ノーチラス号』や『海底都市』等の小説に描かれている世界にまで連れて行ってくれそうな《夢》がありますよね。

IMG_1567
昨日のシクラメンは、古くなった花を出来るだけさばいて半分ほどにしてからたっぷりと水をやったところ、すっかり元気になりました。これでひとまず安心です。ついでに、花を終えたオンシジュウムも茎を切り取ってから鉢から抜いて根に絡んでいた土に新しい木くずを混ぜて新しい鉢に植え替えたり、下駄箱の上で寒さに凍えていたディフェンバキアも同様に植え替えてから水をやって事務所の窓辺に飾りました。もっとも、底に敷く石と植栽用の木くずの購入に出かけてからの作業でしたので午後の数時間が必要でしたが・・・。午前中は当寺の仏教婦人会100回記念に関する書類の添削(仏婦役員の意見を聞いて)をし、夕方はそれに関係した何種類かの印刷物の原稿を作ったりそれを印刷したりして過ごしましたので、結局は一日中バタバタしていたことになります。かつて「退職したら暇になるぞ」と言った人がいましたが、今年で丸12年が経ってもなかなか《自分の時間》が取れないものです。まぁ、動くことが気にならない性格ですから別にいいですがね。

IMG_1579
普段見ていると思っているものも実際には「見ていない」ということは多いものです。玄関に年末から置いているシクラメンですが、いつも元気に咲いているように思っていました。しかし、よく見るとラップの中で茎がグッタリしています。「冬場だから、まだ水はいいだろう」と思って水をやらなかったのが原因ですので、慌てて日に当たるようにと思って窓辺に置き場を変えてから水もしっかりと与えましたが、いつも花には気をつけていたのに完全に私のミスです。これで元気になってくれればいいのですが・・・。デンドロビウムの鉢植えから花芽が出たりアマリリスが1ケ月以上も早く開花したりして、きっと育てている側として《いい気》になっていたのでしょうね。「反省!」です。
ところで、今日も青空です。境内の松の下ではヤブツバキの花が寒気に耐えているように身をちぢこませているような雰囲気を醸し出していますが、裏の中庭では八重の椿がふんわりとした雰囲気でピンクの花弁を開いています。《小豆正月》や大寒を過ぎた今、空気も少しずつ春に近づいているのでしょうか。これからは初嵐や白玉椿も次々と蕾を膨らませてくることでしょう。またそれも楽しみのひとつです。

IMG_1574
アマリリスって一度に4輪咲くのですね。去年も一昨年も見ていて分かっていたはずなのに、今年それを見てあらためて感動しました。
IMG_1578
ところで、感動と言えば、あの『タッチ』最終回の舞台になった市民体育館が撤去工事に入りました。漫画ではインターハイ(新体操)に出場している浅倉南のもとに上杉達也が甲子園の開会式を欠席して会いに来ることになっていますが、そのインターハイの会場がこの市民体育館であり、側を流れている新袋川の土手で「世界中の誰よりも・・・」と達也が南に告白する場面。高校の部活動と言えば常に汗と涙と努力がお題目のように使われますが、高校時代と言えばやはり青春のまっただ中。甘酸っぱい、そしてホロ苦い初恋の経験が生まれるのもやはりこの頃でしょう。そんな青春を描いた『タッチ』の最終回にふさわしい告白でしたが、アニメでは達也が南に公衆電話で「甲子園まで会いに来てほしい」と告白することになっており、「なんとなく中途半端な終わり方だ」
という残念な思いがしたものです。映画でもTVドラマでも編集の時によく原作の内容を変えてしまっているものがあります(最近では堂場俊一の小説を使ったドラマで犯人が別の人物になっているものがありました)が、やり過ぎるとまったく別の作品のなるではないでしょうか。やはり、作者の意図はできるだけ大切にしてほしいものです。

IMG_1571
奈良の野焼きは1月の第4土曜に行われるもので、今年は23日(つまり今日)です。この野焼きは三笠山で行われるのですが、この『三笠』から《三笠宮》が創設されたことによって1935年に山の名称が『若草山』に改称されたのですが、この山は古く『万葉集』にも載っています。遣唐使として若くして唐に渡った阿倍仲麻呂が朝廷から帰国を命じられた時に故国を懐かしんで詠った短歌です。残念ながら仲麻呂は難破して帰国がかなわず唐で最期を迎えましたが、この短歌は編纂されてから1000年経った今でも人々に口ずさまれています。現在の《野焼き》と言えばこの若草山以外にも阿蘇や秋吉台など日本全国で行われていて、春になる前の虫の駆除や土の養分を補うためなどと言われていますが、若草山での野焼きの起源やその理由は今もって分かっていないそうです。
しかし、《地球温暖化》が問題になっている現在では、アマゾンなどで行われている密林の焼き払いは大問題になっています。これは道路の拡張や工場建設等のための土地の確保が目的であり、これが地球の酸素供給量の減少や生態系の破壊につながっている行為であって《野焼き》とは全く違うものです。
蛇足ですが、一昨年のNHKラジオの『文芸評論』でこの《野焼き》の情景を詠った俳句がありました。  
      「火を放つ 女はかまどに 火を放つ」
だったと思いますが、それを聞いた時は夏井先生ではありませんがと感動したものでした。

IMG_1570
今朝のTVで《水循環型手洗い機》を製作した人の思いが放送されていました。「東日本大震災の時に水の大切さを身をもって経験したことから『なんとかしたい』との強い意志に動かされてた。そして、その後に洪水の被害を受けた熊本などの被災地でこの《水循環型》のシャワーを設置して皆に喜んでもらえたことやコロナ禍の中でアルコールに対するアレルギー反応を示す人に対する手洗い場の必要性などを知ったことからこそ、今回の装置を開発した」とのことでした。昔から『必要は発明の母』と言われますが、「『今、何が必要なのか』をしっかりと考え、その上でそれを追求することがいかに大切か」ということを教えられたように思います。しかし、明日国会を通過すると言われている『特措法』の改正は《本当に今こそ必要なもの》なのでしょうか?
今朝のニュースで悲しい出来事が報告されました。コロナに罹った30代の女性(ただし、無症状)が、自分の周りに陽性者が出たということから「私がうつしたのかもしれない」と悩んで自殺をしたとのこと。この人だけでなく、コロナ禍で様々な苦しみに追い込まれ、中にはこの人のように自殺をする人が多くいる現状を見ずして「罰則を与えれば何とでもなる」と考えている為政者の姿には悲しみしかありません。

IMG_1572
今朝も気温が下がって寒い夜明けを迎えましたが、外は青空。結局《放射冷却》なのでしょうね。婦人会だけでなく多くの来訪者が集う居間も朝は気温が低いのですが、それでも蓄熱暖房機が設置して部屋ですので《底冷え》ということはありません。そんな室内では今シンピジュウムの隣でアマリリスが花を開いていますが、本来ならこの花はもう少し春めいた頃に咲くものです。しかし、昨年の初冬に土から抜き取った球根をそのまま事務室の窓辺に置いていたところが室内の気温と窓から差し込む陽光を受けて年明け頃から花芽を出したので、ある程度伸びた時に居間に移したところここ数日で開花したのです。やはり花はこの寒さで冷え込んだ人の心も溶かしてしまうようで育てた私も何となくうれしい思いですが、現在の問題は「花が済んだ後はどこに植えて球根を太らせるか」です。去年植えていた鉢は処理してしまいましたから・・・。まぁ、それまでまだ時間があるので、ゆっくり考えることにしましょうか。(《団子3兄弟》の末っ子はまだ蕾なので、開花は2月になるかもしれませんね)

↑このページのトップヘ