住職のひとりごと

鳥取市にある浄土真宗本願寺派のお寺、淨宗寺の住職日記です。基本は毎日更新です。

2021年02月

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いよいよ『如月』も今日が最後。『(寒さが厳しいから)衣を更に着る』から来たと言われている2月はその名の通りに積雪の繰り返しでした。その結果と言えばおかしいですが、大山が《伯耆富士》と呼ばれるのも納得したことです。しかし、そんな寒さの厳しい2月も終わり、明日からは『弥生』になります。『苗がいよいよ芽を出す』意味だと言われていますが、その言葉通りに昼間の気温もグッと上がって、今日の予想最高気温は17度とのこと。17度と聞けばホッとしますが、朝の寒さの厳しいことと言ったら・・・。なにしろ10度近い気温差ですからね。事務室からは青空がガラス越しに見えますが室内の気温は低く、セーターの上にベストを重ね着しないと指先まで凍えてきそうです。そんな2月の終わりですが、昨日は室内で咲いていたアマリリスの球根を太らせるために前庭の椿の下に植えてやりました。この球根は時期を早めに咲かせたために地植えにする時期も1ケ月早くなったこともあり、なんとかしてこの寒さを無事に乗り切ってほしいものです。なお、今年購入したアマリリスの球根は今窓辺で葉を5㎝ほど伸ばし始めていますので、3月末が楽しみです。
外では八朔が鈴なりですし、事務室の窓辺にはシクラメンを置いています。でも、これももうそろそろ花の終わりを迎えていますので、次は何の鉢植えを飾って目の保養にしましょうかねぇ。

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いよいよ年度末が近づき、新聞に人事異動の発表が載るようになりました。今朝の新聞には県警関係の人事が載っていますが、その中に教え子の名前が出ているのを見つけました。今年の年賀状には「還暦を迎えました」という文面もあって「あの時の生徒がもう還暦か」と45年という時間の経過に驚きましたが、よく考えると私も《前期高齢者と後期高齢者の中間》にいるのですから、それも当然ですよね。私は退職してから今年で13年目に入りますが、36年間の教員生活を加えると50年近い時間が経ったことになります。その間には楽しかった思い出もありますが、今から思い出しても自分の非力さを痛感した苦い思い出も多々あります。そのような時間を共に過ごした教え子達の中には既に退職した者もいれば、現役バリバリの者も大勢います。あちらは私のことを忘れているかもしれませんが、人事異動の中に知った名前を見るとやはり懐かしいものです。
(昨日と今日はクリスマスローズの写真にしました)

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ここ数日、『独り言』を書くためにこの欄を開こうとしてクリックしても「マイページ」のところがグルグル回転していて時間がかかることを示すマークが出たり、折角書き終わっても写真の貼り付けが出来なくなったりして、困っています。実はこの文章も新たに書き直しているものです。どうも原因が分かりませんので、夕方にでも専門家に聞こうと思っています。
ところで、丸山島根県知事と竹下議員との会見はうまくいかなかったようですね。会見後に知事がインタビューに答えていましたが、相当に腹の立つことがあったことが言葉のイントネーションで伝わってきました。言葉というものは実に妙なもので、いくら自分が押さえようとしていても発声の強弱や話すスピード等にその時の感情が明瞭に出てくるものです。そして、丸山知事の会見では《怒り》の感情がもろに伝わってきました。その理由は今朝の新聞で納得できましたが・・・。「知事は国(=国会議員)に逆らうな。言うとおりにしておればいいのだ」的な竹下議員の態度に怒りが収まらなかったのでしょうが、私でも多発している国会議員の不祥事の根底にある「国会議員は特別」という傲慢な態度には腹が立ちますからね。

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過日往生なさった同派寺院の坊守様のご葬儀には「コロナ禍のために参列も自粛依頼」とのことでお参りが出来ませんでした。そこで、「2×7日も近くなって少し落ち着かれたのでは」と思って昨日の午後にお参りさせていただき、しばらくご住職と雑談をしました。
《坊守》とはその字のごとく「坊(=寺)を守る」人のことであって何も男性に限ったものではありませんが、やはり住職の妻がその任に当たられることがほとんどです。つまり、住職が《外》に向けて頑張れるのも《内》を守ってくれる方があってのことであり、それは当寺でも同じです。まして、子育てや町内のお付き合いなどでは《全権委任》状態ですからねぇ。今でこそ郵便局や銀行やコンビニなどでITMを自在(?)に使いこなしている私も、かつては全部坊守任せで「通帳を機械を通して手入れをする」ことさえ知らなかったほどでしたからね。まぁこれは極端な例ですが、とにかく寺の仕事は住職と坊守の『二人三脚』でやり抜いていくものですから、本当に坊守には「感謝、感謝」の日々です。そのような中での坊守様の往生に対して「懐かしい思い出も一杯あります」と語っておられたご住職。どうぞこれからもその思い出を大切にしてください。

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昨日起こった山火事の様子は、まるでカリフォルニアかと思えるほどです。中継では、黙々と上がる煙の奥では舌なめずりをしているかのような炎が木々の陰から見えています。たき火の火が家に移り、それが風に乗って数百m先の寺院に飛び火てそこから裏にある森の木々に燃え広がったのが山火事にまでなったとのこと。子供の頃は夏になると拍子木を叩きながら「マッチ1本火事の元」と言って町内を回っていましたが、本当に《マッチ1本》の気の緩みが今回のような山火事を引き起こしたのですから、火元になった人の苦悩は言葉では言い表せないものでしょう。ここ数日は日本のあちこちで火災が発生しているニュースが飛び交っています。昨日もまた火災のニュースがあって「あぁ、またか」と聞いていましたが、次のニュースでは炎の燃え上がっている様子がその前のニュースとは違っていて「あれ?」と思っていました。それがまさか別の火事で、山火事に移っていく前のものだったとは・・・。
鳥取でも昭和27年に大火災があって市内の半分以上が消滅しました。当寺も地震(昭和18年)で全壊した後に再興した建物が10年も経たないうちに全焼したのですが、一つの小さな火が大きな災いにつながり、多くの苦しみ・悲しみを生み出す。ほんの小さな気の緩みが生み出した炎は、もう《人災》と言われるものになります。気温が高くなったり急激に冷え込んだりする昨今ですから、ますます《火の元》には注意を払いたいものですね。

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