住職のひとりごと

鳥取市にある浄土真宗本願寺派のお寺、淨宗寺の住職日記です。基本は毎日更新です。

2021年06月

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ここ数日の新聞(地方紙と本山発行のもの)に《死期》についての記事が載っていました。地方紙では『現論』の中ですが、保坂正康氏が「死者との回路を確認する」という題で自分における《別れの儀式》を書いています。また、それとは別の観点ですが、『本願寺新報』では老齢のご門徒と住職との会話を基にしてその老女の遺言(「自分が死んだら~してほしい」のようなもの)的なものを書いておられますが、そこでは結局「どこにしまえば一番いいか分からない。まぁ、まだ元気だからゴミ箱に捨てておく」とのこと。ここに登場している2人は《後期高齢者》に《超》がつくほどですが、それでも「まだ元気だから~」には参りますよね。でも、誰でもいつか必ず《死別》に出遭う時が来るのですよね。
ここ数年はコロナ禍で「葬儀は身内だけ」(『家族葬』と称している)が当然のようになっていますが、葬儀は身内との別れであると同時に今までお世話になってきた方々へ感謝を伝える時でもあるはずです。もともと人間はひとりでは存在出来ないのであり、多くの親の命の鎖を受け継いでいるからこそ今の私があると同時に、様々なものに守られ支えられているからこそここに存在出来ているはずです。その意味で、墓参りも自分に命を与えてくれた数多くの先祖に感謝すると同時に「我に任せよ」と誓われた阿弥陀如来に向かわせていただく一時でもあるのですが、どうも近年は悲しいことに本質が抜け落ちてすべてが《形骸化》しているように感じられます。

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去年は《コロナ退散》祈願で水木しげる氏の描いた妖怪アマビエがあちこちで登場しましたが、今朝の新聞には「世界最小のフマビエ」という小さな記事が載っていました。この絵はつくば市の物質・材料研究機構(物材機構)の研究チームが作ったものですが、記事によると平らな銀の表面に付着させた1ナノメートル(ナノは10億分の1)にも満たない鉄の原子を2時間半かけて150個動かし、「笑顔のアマビエを描いた」とのこと。しかもその完成図は[35ナノメートル×45ナノメートル]ということで、コロナウィルス(直径100ナノメートル)よりも小さいものです。この記事を読んだ人の中には「税金を使って遊んでいる」と思う人もいるかもしれませんが、私は単純に「へぇ~こんなことも出来るのだ」と驚きました。
本来、科学の進歩というものは大体において《興味》と《関心》から生まれてくるものではないでしょうか。ニュートンが発見した重力は「リンゴが木から落ちるのを見て疑問を感じた」とのことですし、ワットの蒸気機関車もヤカンから吹き出した蒸気を見たからだと言われています。最近も「お母さんの洗濯を見て、もっと楽にするにはどうすれば?」と考えた小学生が《便利に使える洗濯ばさみ置き》を発明したり、アルミとスチールの缶を磁石を使って分類するゴミ箱を発表した小学生がいますが、ほんのちょっと疑問や興味・関心が新しいものを生み出すのです。この物材機構の人も「若い人たちがこの絵からワクワクを感じて、材料研究の道に進むきっかけになればうれしい」と話しているそうですが、《与えられたものだけ》をすればいいのではなくてそこから次に進むきっかけが《興味・関心》だということを、未来を担う子ども達に教える好教材の一つとは思えないでしょうか。

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総理の強い意向で出来た大規模接種会場は、利用者が3割程度だそうです。その原因を考えもせず、単純に「これを作れば国民は喜んで動く」としか考えていない政府ですが、某テレビ局の昨日の街頭インタビューでは「会場に行くまでに1時間。交通費もだが、何よりもこんな暑い中をしかも2回も往復するには、体力も気力もない。遅くなっても近くの会場に行く」と答えた人がいました。会場が決められた時にも「交通の便が悪く、しかも(最寄り駅についても)会場までは相当に歩くことになる」と言われていた場所ですから、その人の言葉も至極当然のこと。それが計画よりも少ないからといってそのために政府は「接種は不要不急にはあたらないから、他府県の者も受け入れろ」と必死に言っていますが、接種を受け持っている自衛隊は「移動には危険性も含まれるのに、何かがあると自分たちのせいだと非難される」と渋い顔だそうです。国民には「家から出るな」と《自粛》を求めながら「接種ならば県をまたいでもいい」という言葉は、「オリ・パラは別のもの」と言っているのと同じ。全くもって《メンツ》を潰された怒りを自衛隊や自治体に向けている政府の態度は、自分の要求を満たしてくれない親に対して駄々をこねる《子どもの喧嘩》そのものですね。

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「鳥取と島根って、どちらがどうなの?」と訪ねる人が今でもあると聞きますが、砂丘と蟹と二十世紀梨以外には何もない(『コナン』も『鬼太郎』も鳥取です!)と思われている鳥取に「何もない」ものがもう一つ追加されました。1年前には岩手県とコロナ患者0を競っていた鳥取も現在では466名の感染者が発出していますが、実はここ8日間連続で感染確認が0なのです。そこで、県東部に発令していた《新型コロナ注意報》の解除とともに全県を対象としていた《警戒事態宣言》も解除(《注意報》《警報》のいずれかの発令がないのは3月23日以来78日ぶり)して《感染予防強化月間》に移行されました。もっとも、ここで気を緩めるのではなくて引き続き予防対策の徹底の呼びかけは続きますが、このような「何もない」ことは大いに歓迎です。
関東地方では梅雨入りもしていないのに連日のように真夏日になり、昨日は体育の授業中に熱中症で体調不良になり、病院に緊急輸送(女子の1名は重症とか)された高校も出ています。とにかく新型コロナが発症してから「例年とは全く違う」ものになっていますから、常に気を緩めないで過ごしたいものですね。(しかし、昨日の党首討論での菅総理の発言。肝心の中身は何もない上に、思い出話に酔っていただけ。こういう「何もない」ものは遠慮しますがね)

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今朝方に書き込もうと思ったら「パスワードを打ち込んでください」との表示。帰宅後に副住職に聞くと「ちゃんと記録してある」とのこと。ただ、そのことをすっかり忘れて(と言うか、記憶していなくて)いたので、やっと夕方過ぎてからの『独り言』の打ち込みになりました。それが良かったのか悪かったのかは別として、改めて自分の《年齢=物忘れ》の度合いを再確認したわけです。同年齢の人と話すと「そうそう、自分もある」と言われるのですが、本当に《物忘れ》が多くなってきています。最近も寸前まで出ていた「オダマキ」という名前がフッと出てこなくて困りましたし、事務室に入った途端に「何を探しに来たんだっけ」とウロウロ・・・。大切な法務などは日程表を見ながら記入し、その上で「◯日の◯時で、お寺でのご法事ですね」と確認をするようにしていますが、個人的な件で「記入は後から」と後回しにした時には「あれ?いつだっけ」と思うこともしばしば。つくづく「自分はまだ大丈夫」と思っていても《前期高齢者》としてふさわしい(?)年齢になっているのですよね。あぁ、ショック!

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