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左奥歯を1本抜いたせいか、今までとの感覚が違います。何しろ《ある》のが当たり前であった臼歯がなくなったのですから、ものを噛む時は歯と歯茎の関係。つまり、《噛み合わせ》が出来ないのですから、うっかりいつものようにすると噛み砕けないのです。《あって当たり前》がなくなるということはこんなにも大変なのですよね。これがま歯だからいいのですが、《いるのが当たり前》であった人が突然にいなくなると、残された人はどうなるのでしょうか。
私の母も朝は元気でいたのに勤務先から戻ってくると突然の脳内出血で倒れており、そのまま意識が戻らないままに死を迎えました。母はその時「頭が痛い」と言いながら父を頼って父の元に歩いてきたそうですが、残された父の悲しみは大きく、1年と1日後に父も往生しました。『仏説阿弥陀経』の中に説かれている《倶会一処》のように「父もまた母に逢えたなぁ」と思って今年で40年近くになりますが、母の歳を追い越し、父の歳にあと5年という歳になっても「両親がいてくれたらなぁ」と思う時があります。しかし、今の私には坊守を初めとして支えてくれる人が大勢います。ありがたいことです。
土手に黄色のアヤメが咲いていましたので、写真に撮ってきました。