前住職のひとりごと

鳥取市にある浄土真宗本願寺派のお寺、淨宗寺の前住職の日記です。基本は毎日更新です。

去年の秋に行った清掃活動の時に西側にある八朔の枝を相当数剪定してもらいましたが、それでもまだ屋根よりも高く伸びている枝があるし枝自体も密集していたので、4月(以前から頼んでいた)に入ってから業者にしっかりと剪定してもらいました。そのために去年に続いて今年もあの香り高い真っ白な花がつかない(と言うことは、当然に結実しない)のが寂しいのですが、それまでが高すぎてとても収穫できない状態だったので、仕方ないですね。この八朔は亡母が植えていたものですが、生前は実がならないと言って憤慨していたのに母が往生してからは隔年で実をつけていました。もちろんそれを採るのが私で、近所や婦人会の人達に配るのが坊守でしたが…。その八朔が今年も実をつけないということが膝を痛めている収穫役の私にはいいことなのかどうかは別として、やはり《いつもあったものがない》というのは寂しいものですね。
ザクロの蕾
花ザクロ
もっとも、塀の工事で移植していた花ザクロが去年は数輪しか咲かなかったのに、今年は満開になっているのは最高です。道路からでもその様子が塀越しに見えますよ。

時間的に薄暗くなったころのことは誰でもすぐに《薄暮》と答えますが、「では反対は?」と聞くと一瞬答えられません。坊守の往生以来話し相手がいない日々を過ごしてきたせいかすっかり「早寝早起き」の習慣ができてしまい、最近は4時過ぎ(時には3時過ぎから)にはもう動き始めています。最近はもう外がうっすらと明るくなっていますが、今朝も「こんな様子は何と言ったっけ?」と考えてすぐにも辞書を引きました。結果は《黎明》とのこと。そういえば、江戸時代の大政奉還から新政府に移るあの激動の時間のことを《黎明期》と本に書いてあったようなことも思い出しました。
枝の伸びた山椒
それはそうとして、泰山木の落ち葉を掃き集めるために今朝も早くから境内に出ました。裏にある山椒の枝はしっかりと枝を伸ばしていましたが、境内では道路だけでなく境内の中にも遊歩道のトウカエデの木から吹き飛ばされた枝が何本も落ちていました。おそらく夜中の風に吹き飛ばされたのでしょうが、拾い集めてみると目に付いただけでも10本以上ありました。数年ぶりに裸木になるほど枝落とししていましたから、今伸びているものはすべて《若枝》であって強い風に耐えられなかったのでしょう。しかし、これが枝なら拾い集めてしまえばそれですみますが、「わからないことがあったらAIに聞けばいい」と短絡的に考える社会人生活1年生の人間ならどうなのでしょうか。教員になりたての頃に酒の場で先輩から「(教員なら)こんな場では互いに《先生》とは呼ぶべきではないし、生徒に関する話も絶対にしてないけない」と教えられました。確かにこんなことは至極当然のことなのですが、当時は「なるほど」と納得したものが多くありましたね。私も卒業を控えた3年生に対して社内での電話の応対の仕方とその理由など社会人として大切なことを伝えたりしていましたが、「教える、伝える」も「聞く」もなく、「すべてAI」という現在の風潮には不安しかありません。

沖縄から関東にかけて台風6号による線状降水帯の発生等で昨日からニュースが盛んに流れていますが、鳥取では大きな雨も風もなくてすみそうです。ただ、向拝に置いていた鉢植えに雨が当たるようにと公孫樹下に置きなおしましたが、背が高いのが災いして夜中の風で両方とも倒れていました。もっとも、倒れた場所には秀明菊やツツジがあって途中で支えてくれていたので、完全に倒れて土が飛び出すということもなくて助かりました。今度は風の影響も考えて向拝階段の横に置き換えて風から逃れるようにしたので、大丈夫でしょう。もっとも、向拝に敷いている踏板は雨で濡れていたので、下駄箱に立てかけておきましたがね。
石とうろうの後ろ
お墓の横がお参りのたびに気になっているので、今回の台風が過ぎて天候が回復したら、また伸び始めた草などをきれいに処理しないといけないようです。今度は絶対に蚊取り線香が必需品になる作業ですが、今年になって何回目になるのでしょうねぇ。松の下の石灯篭は(公園側から見ると)きれいになっていてホッとしていますが、「ここまでするのに体力と気力が限界になっていたのに、また別の場所も…」と考えると本当に《あと一歩》の踏み出しが難しいですが、それでも両親と坊守が入っているお墓ですから、何とか気力を振り絞って頑張るつもりです。

夕べはいつものように早めに休もうと思って寝室に行った時、ふと見るとベッドの横に何かが…。それは坊守の一周忌の時に義母からいただいた供花(坊守が好きだったピンクのバラの花)で、萎れ始めたのでドライフラワーにして坊守の写真の上に飾っていたものですが、それを束ねていた輪ゴムが古くなったので切れて落ちたようです。写真の上には他にも三回忌の時に花瓶に活けていたのものと前回の誕生日に活けていたバラの花もドライフラワーにして飾っていますが、それはとりあえずそのままにしておいて、落ちていたものは葉っぱが1枚だけ取れていただけであとは無事だったのでとりあえず因久山焼の壺に挿しておき、朝になってから同じ時にドライフラワーにした赤いバラも一緒にして坊守の写真の隣に飾りました。その写真はまた後で撮っておくつもりですが、今回のことは、もしかすると私に対して「少し無理をしすぎ。注意して」と坊守が怒って伝えてきたのかもしれないですね。
下駄箱の人形
玄関の下駄箱の上に飾っていた夫婦人形はしまい、代わりに坊守が好きで部屋に飾っていた猫の人形とガラス製の小鳥を置きました。部屋にはいろいろな人形があるので、これからもいろいろと考えて飾るつもりです。

昨日掃き集めていた泰山木の落ち葉が今朝になるとまた増えており、朝の仕事が済んだらゴミ袋にまとめて入れようと思ってもう一度掃き集め、袋のままなら入れにくいものでも空の段ボール箱にセットした袋なら入れやすいので、今回も落ち葉を入れやすいように準備してから朝食の席に着きました。ただ、食べ終わったら速攻で境内に出て落ち葉の袋詰めをしようと思っていたのですが、洗濯機に入れた掛け布団のカバーが偏って丸まっていたためかすすぎの時点でエラー表示が出て機械がストップ。それを一度やり直し、やっと洗濯し終わってから干す作業までしていたら8時を過ぎてしまいました。
3寸アヤメ
今朝も朝からバタバタと動き回っていたせいか、もう既に体力も気力も0レベルです。それでもこの3寸アヤメ(紫の花は終わりました)のように周りにはびこっていたドクダミと笹を切ってやって元気になったのを見ると、少しは自分の努力も報われた感がありますよね。

3日連続で3時過ぎに目が覚めましたが、今回は起きだす気力がなかったのでそのまま布団に中にいたら、次に目が覚めたのが1時間後の4時25分。さすがにこの時間には起きだして朝の仕事に取り掛かりました。
の納骨堂の解錠やお墓参り、そして本堂とお内仏のお参り等(勿論のこと朝食も)をした後で散り落ちている泰山木の枯葉を掃き集めようと境内に出ると、掲示板横の岡田機外の立て看板を見た俳句に興味があるという人から「お墓はどこにありますか」と聞かれました。場所に案内したり「鳥取には尾崎放哉という自由律の俳人もいますよ。当寺にも歌碑がありますしね」と説明。種田山頭火は知っていても尾崎放哉の方はあまり詳しくはなかったようですが、短時間でしたが文学談義をしました。肝心の落ち葉の方はその後になりましたが、集めただけで気力が切れてしまってそのままに…。
泰山木の蕾
泰山木の花
でも、泰山木は最近元気がない様子で、心配です。

昨日は少しだけ過ごしやすい感じの一日でしたが、やはり風呂上りは身体がほてっているのか汗がなかなか引きません。それでもやっと寝付けたと思ったら夜中に2度も目が覚め、結局3時過ぎに目が覚めてからはもうダメ。結局今朝もそのまま起きだし、まだ薄暗い4時頃には下着と一緒にパジャマも洗濯機に入れて洗うことに。まぁ、早く動き出すということは仕事も早く片付くというのが自明の理ですから納骨堂の解錠などもいつもより早くなり、お墓参りの時にどうしても気になっていた椿の下枝(下枝が横にはみ出して、バラの邪魔をしている)も朝の仕事が終わってからすぐに鋸を持ち出してバッサリと切り落としました。
バラ
切り落とした枝は水を張ったバケツにつけておいたので、うまく水が上がったら花生けの材料としてどこかで使いたいものです。ついでに、公園側にある満天星(ドウダンツツジ)の枯れ枝も切り取っておきましたがね。
そういえば、朝方に塀の外(道路側)から中を見ると、泰山木には真っ白の、花ザクロには鮮やかなオレンジ色の花がついていたので、その写真はまた別の日に…。

今日は気温が少し下がっているのか、扇風機の風も涼しく感じています。もっとも、居間にいる時は後ろの障子を開けておく方が廊下の風を吸い込むせいか、閉めている時よりもいくらかは涼しさが高まってくるようです。そういえば「室内の空気を入れ替える時や風の通りをよくしたい時には、対角線側の窓も開ける」ということなので、多分それと同じ理由なのでしょうね。ただ、今朝の空気は何となく湿っているように感じるので、雨が近いのかもしれません。今月末から6月2日頃にかけて沖縄から関東方面に台風6号が接近するとの天気予報もありますから、そろそろその影響が出始めているのかもしれないですね。
ドクダミ
昨日は昼前に農協の店舗に行って花を購入し、紫陽花だけだった本堂の供花にユリや小菊も加えて活けなおしました。今まで薄緑一色だった中に色花が入ったせいか、やはり引き立ちます。最近の暑さのせいでどうしても長持ちしない生花が頭痛の種ですが、それでも、いくら最近のものは本物と間違えそうになるほど素晴らしいとは言っても、やはり造花は造花ですし…。数年前まで中菊1本が100円で買えていたのに最近は200円近くしていますから、夏場の供花は懐に厳しくて正に《酷暑》そのものです。つくづく庭にはびこっているドクダミを使いたくなる気にもなりますよね。

昨日は午前中から梅雨を思われる様に蒸し暑かったのですが、2週間ぶりの膝の治療に行きました。相変わらず一番に受付ができるように7時15分頃に出ました。戻って最初にしたのが毎朝台所からバラやアジサイの花を楽しんでいた坊守のように窓を開けたことですが、前から気付いている通りに(写真のように)椿の枝が伸びすぎて見晴らしが悪い。
剪定前
午前中は書類仕事をした後で郵便局や銀行に行ったりしてバタバタしていたので暇な時間がなかったので午後から暑いのを我慢して椿の剪定に取り掛かりましたが、やはり予想通りに背が高くなった椿の剪定は無理。仕方なく手の届く範囲のものだけ3本を写真のように剪定してスッキリさせましたが、それでも優に1時間かかった作業で下着もカッターシャツも汗まみれ。
剪定ツバキ
しかもいくら低木とは言っても切り取った枝の量は半端なくて写真のようにゴミ袋1枚で足りず、箱の中にもしっかりと…。
ゴミ袋
今朝は3時過ぎに起きだしたこともあり、塀の外に散り積もっていた泰山木の落ち葉も掃き集めてまだ隙間があったゴミ袋に入れてやっとスッキリしましたが、我ながら自分の性格にあきれています。

市街地を通ると、あちこちで紫陽花が色とりどりに咲いているのを見かけます。当寺にも紫陽花の株はありますが、現在では納骨堂の裏と写真に写した本堂裏の椿の下にある2株だけ(鉢植えは別として)になっています。しかも、両方とも白色です。
アジサイ
実は、坊守の好きだったものが、朝になって台所の窓を開けると目に入るピンクのバラと塀の角に咲き誇っている紫陽花でした。しかし、古い塀を全面撤去して新築する時にそこに生えていた紫陽花が邪魔になるので、どうしてもその株を撤去することが必要になったのです。そのために根ごと抜いてしまったのですが、その後新しく植えた株は(土質が良くないのか)どうしても根つかず、その結果今残っているのが前述の2株だけ。昨日はその中の裏庭に咲いているものを切って本堂の供花として活けましたが、今ある2株とも弱ってきているので、このままでは絶えてしまうかもしれません。そのためというわけではないのですが、挿し芽をして根つかせたものが3本とも公孫樹の下で育っていますし、本堂裏にある合祀墓の隣にも挿し芽をして根つかせたものが2本あります。これらが大きく育ってくれればうれしいのですが、なにしろ当寺では狭い中で多くの椿が植えてあるので、紫陽花を育てる土地的余裕があません。たとえあったとしても土質が良くなくて根つくことが難しい場所ばかり。結局、鉢植えのままになるのでしょうかねぇ。

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