昨日は40名近い人のお参りがあり、住職の拙い法話でしたがありがたいことでした。法話はコロナという名前の意味を導入にしてそこからコロナに翻弄される人間の弱さへと続け、その根底にある《三毒》につなげました。そして、それから逃れる手段としての《四諦八正道》へと話を続けた前半と、生命の鎖としての親の数を一休禅師の米倉の話を引用しながら30代まで遡り、そこから《縁起》と《同朋》へと話を続けた後半。時には脱線しながら前後併せて80分近いものになりましたが、今年は特別に1日だけの法座でしたのでなんとか法話も終えることが出来ました。相変わらず「授業のような」ものになったと自分でも思っていますが、つくづく講師の力量には頭が下がる思いです。
今朝は打敷を初めとして本堂の椅子の配置替え等、復元に一汗掻きました。
今朝は打敷を初めとして本堂の椅子の配置替え等、復元に一汗掻きました。