前住職のひとりごと

鳥取市にある浄土真宗本願寺派のお寺、淨宗寺の前住職の日記です。基本は毎日更新です。

本人としては「大丈夫だ」と思っていてもやはり《歳ー体力の減退》には勝てません。朝食はトースト(自前のジャム付き)でしたが、ちゃんと目玉焼き(フライパンを交換したので、もうこげつくことはありません)も作って食べているので、それなりに栄養には気を使っていることになります。もっとも、これは朝の流れとしてここ数年続けていることなので、今では一つのルーティーンみたいなものになっていてどうということもないのですが、一昨日の作業の疲れが残っていのに加えて気になっていた裏庭の落ち葉を(やぶ蚊にたかられながら)掃き集めたり、ご門徒のお墓にかかりそうになっていた椿やアジサイの枝を切り落としたりして(当然のことゴミとして出せるように袋詰めもします)動き回っていると、あまりの暑さに下着もTシャツも汗でびっしょりになりました。その後にちゃんと着換えてから椅子に座ると、もう動く元気もなし。
向拝の蔓もの
結局、昼食の準備をする元気もなくて、昼夜ともにあるもので済ませてしまいました。今は冷凍食品もあるのでレンジにかけるだけでいいのですが、さすがに昨日はその元気も…。こんなことをしていると、坊守から「また1人でバタバタして。心配させないで」と怒られそうですがね。
今日の写真は何年も前に鉢に植えたまま外に置いていたものですが、支柱をしてやったら案外見てくれのいい鉢植えになったようです。ただ、撮りためていた写真も、これでとうとう底をつきました。

昨日午後から取り固めていた草を袋に入れ、今朝の納骨堂解錠の時に改めて除草をした場所をあらためて確認しました。「やっぱりスッキリしたなぁ」とは思いましたが、反対にまだ取り残している(松の下にある)石灯篭の周りや公孫樹の木の下が気になってきました。ただ、今朝も膝と腰に痛みが残っていて3日続けて作業をする気力がありません。それよりも、カーテンを上げるたびに目に付く裏庭の落ち葉の方が気にはなっていると言った方が正解かもしれませんね。でも、初夏になってから山茶花の落ち葉履きをする羽目になるとは思っていなかったことでもあり、実際に「今までこんなことがあったかなぁ」と思い返していますが、どうも記憶にないのですよね。と言うよりも「(あまり気にしていなかったので)気づかなかった」と言う方が正しいのかもしれませんが…。
つゆ草
つゆ草の接写
しかし、とりあえず今の大問題は先日撮って来たこの欄で使う写真が残り2枚になっていることであり、《またもや底をつきかけているのをどうするか》なのですよねぇ。

一昨日の雨で土が柔らかくなったので、去年は気になりながら体力と気力不足でやらなかった山門横(公園側)の除草ですが、昨日はゴミ袋が満杯になったために半分でやめ、昨日に続いて今日も早朝から必死で作業に取り掛かりました。ただ、以前にもここに書いていたように松の裏側に咲いている3寸アヤメが笹とドクダミの攻撃を受けて株を減らしているように思えたので、そのまま一気にそちらまで除草してやろうと決心して実行に移しました。しかし、あまりにも量が多くて袋に入らなくなったので、除草したものはそのままにして(山が3ケ所できました)今日の仕事を終えました。今日の作業は4時30分から6時20分までかかっていましたが、それでもまだ袋に入れないままになっているものの処理と松の所から向拝までの草が残っているので、もう1日必要です。それに5月初めに落ち葉を掃き集めた裏庭もまた一面が落ち葉に埋まっているので、ここも作業が必要。こう考えると、最初になんとかきれいにしたのに、一周するとまた落ち葉や草に覆われてしまっているように…。この状態は、まるで自分の尻尾を捕まえようとしてぐるぐる回っている犬のように思えてしまうのですよね。
ウツギ
ウツギの接写
2ケ月したら満開になる百日紅の下はまったく手を付けていないので草が伸び放題だし、椿の新芽があちこちに向かって伸びているので下にある木は肩身が狭いようになっているし、まだまだやらなくてはいけないものが目白押しです。そうは言っても脚立に登れない現状では剪定もできない。本当に、気になりながらできないというのが辛いですね。

夕べは大体2時間おきに目が覚め、いつものように4時過ぎから活動開始。ただし、好天続きで(土が硬いため)できなかった除草作業は昨日の雨で何とかなりそうでしたが、葉っぱから大量の雫が落ちてくるので今日も不可能。体力(気力?)さえ問題なければ明日に持ち越しです。本当は伸びまくっている椿の新芽も剪定したいのですが、高枝切り鋏もないし生け花用の鋏では手を伸ばしても届かないので、こちらはあきらめるほかないようです。何しろ膝に不安がある現状では脚立は絶対に無理ですからね。
玄関の供花

とりあえず今日の予定だった除草と選定作業はあきらめて、何か他の仕事を考えてみますが、なければ本を読むのもいいですね。でも、これでは本当に《ワーカーホリック・仕事中毒》かも…。
今日の写真は夏らしくひまわりで飾った関先の供花ですが、坊守の写真は個人情報保護でトリミングしました。

いつもなら2~3時間おきに目が覚めてトイレに行くのに昨夜は1回のみ。その時間は3時のニュースの時でしたので、そのままもう一度寝ようと思ったところが始まった音楽が《かぐや姫》特集。私が一番最初に買ったレコードは給料の中から少しずつためて購入した4chステレオを購入した時で、ビバルディの『四季』でした。その後も小遣いがたまると少しずつレコード(特にクラシック)を買い集めていましたが、初めてクラシック以外のものを買ったLPがさだまさしの『精霊流し』で、当時は《かぐや姫》よりも好きでした。今では両者のレコードもありますしその頃に買い求めた数10枚のレコードは今でも残っていますが、肝心なステレオはターンテーブルがダメになった時に処理したので聴くこともなくなりました。「今なら高額で売れたのになぁ」と思って歯ぎしりしていますがね。
玄関の鉢植え
今は息子が購入していたプレーヤーがあるので聴こうと思えば聴くことも可能ですが、事務室の本棚の上置いているので使い勝手が悪くてほとんど聞くことがありません。いつか寝室にセットしてゆっくりと聴こうと思っていますが、何しろ昼間は(法務は別として)ほとんど居間の方で留守番をしているので、プレーヤーをセットする場所もないし、残念ながらなかなか希望がかなえられていない状態です。

この時期になるといつも八頭高の中庭に咲いていた花を思い出します。通学路などの改築が起こったので今はどうなっているのかわかりませんが、授業の行き返りで渡り廊下を通る時に目に飛び込んできたのが、真っ白な大輪の花。それは当寺にもある泰山木な花なのですが、教職を退職して既に18年目ですが、なぜか鳥西高の第3校舎に行く渡り廊下のそばで咲いていた薄紫のセンダンの花と鳥工高の花梨の黄色い実と八頭高の真っ白な泰山木の花が懐かしく思い出されてきます。もちろん他にもいろいろな思い出(LHRの時間に行った天球丸など)がありますが、なぜかこの3つは忘れられません。特に当寺にもあるせいか八頭高の泰山木の花は毎年思い出します。
泰山木
泰山木の落ち葉
ところで、この時期になると泰山木はまるで楪(ゆずり葉)のように新しい葉を芽生えさせるため、写真のように古い葉を落とします。しかもこの葉は大きいだけでなく硬いので、掃き集めるのが大変なのです。すぐにゴミ袋も一杯になりますしね。きれいな花を見せてくれると思うと我慢できますが、残念なのは開花するとすぐに散ってしまうことです。

昨日の猛暑、カラッとした空気も大変でしたが、今朝は少しどんよりとした湿気が感じられるのに午後からはまた猛暑になるとの予報も出ているようです。こんな日は梅雨と猛暑がタッグを組んでいるのではないかと勘繰ってしまいたくなります。
そんな中で、今まで何枚も撮りためていた写真がとうとう底をついてしまいました。しかも、時期的に花が少なくなって頃なので被写体になるものもありません。いろいろ考えて「これがあった」というものを2~3思いついたので今朝カメラを持って写してきましたが、今日はその中のひとつのツツジです。ただ、一口でツツジと言っても大まかに分けるとキリシマとブンゴとサツキがありますが、これらは花弁の大きさや咲く時期に違いがあって、一番遅く咲くもの(ちょうど今頃)がたしかサツではなかったかと思っています。花の大きさもブンゴツツジより小ぶりなのですよね。(そう言えば、ドウダンツツジもありましたよね)
けいじばんのツツジ
サツキの接写
ところで、毎日書いている『住職の独り言』ですが、息子に次の任を渡したからには『前住職の独り言』と変えないといけないのでしょうが、長年それで続けてきた表題ですから、今後もそのままでいくことにします。まぁ、「今更変えるのも面倒だ」という気持ちがあることも否定しませんがね。

昨日の最高気温は34.4度!! 去年と同様に今年もエルニーニョが発生したということなので本来なら夏には気温が下がるはずなのですが、去年も高気圧が居座って日本列島が真っ赤になって水不足に陥ったことを考えると、今年も同じことになるのではないかと不安になります。なにしろ、5月にして早くも真夏日ですから、この先7月や8月になると《猛暑》でなくて《酷暑》の連続になるかも…。しかし、このままでは本当に《4季→2季》の問題どころかどころか、気候区分も温帯から亜熱帯になってしまうのではないでしょうか。先日お参りをさせていただいたお宅では既にテッセンが咲いていましたが、当寺ではまだこの状態なのですがねぇ。
テッセンの苗
ここ1週間の寝具は毛布から夏用の掛布団に取り替えていますが、そばに扇風機(レベルは最弱)を置いてタイマーで時間設定してからでないと寝付けないほどです。それでも夜中に掛け布団を蹴とばしていることもありますがね。明日からは気温も下がるという予報なので安心してはいますが、こんな気温の繰り返しでは現実問題として体調管理が困難です。

昨日は午前中から多忙でしたが、それでも時間を見つけて寺報226号の原稿作りに取り掛かりました。新しく枠等を新しく作るのが大変なので、いつものように前号を引き出してそれに上書するということで解決するつもりでいたのですが、そのまま《上書》のスイッチを押してしまい、225号が226号の原稿になってしまいました。いつもPC内に記録すると同時に必ずサーバーにも保存していたので「保存してある原稿をコピーすれば元に戻るから、大丈夫」と思っていたのですが、前回はいろいろなことが重なって多忙な日々だったこともあり、夕方になってコピーしようと事務室のデスクトップに向かうと肝心の225号の原稿の記録がない!?
アジサイの蕾
つまり、予備のサーバーには保存していたものの、肝心のデスクトップPCの方には記録するように支持することを完全に忘れていたわけで、そのことに気づいた時には冷や汗が流れました。しかし、既にサーバーの225号には226号の原稿を上書きしてしまっているので元に戻ることもなく、必死で作った寺報225号の原稿がこの世から完全に消滅したしまいました。印刷したものはちゃんとファイルに綴じこんでいるのでいいのですが、あれほど苦心して書き上げた225号の原稿がなくなったという事実にもうガックリです。
しかし、この紫陽花のように原稿も《挿し木》をして子孫が生まれる(元原稿が出てくる)ようになればいいのですがねぇ。

昨日は最初に仏教婦人会総会をし、その後で『坊守を偲ぶ会』に移りました。主催は私ではなくてあくまでも仏婦であり、偲ぶ会自体も、女性総代による琴の演奏に合わせた抹茶の接待(焼香台のところに飾っている坊守の写真にも献茶している)と、その後に坊守と行った本山参り(念仏奉仕団体旅行等)や仏教婦人会世界大会などによる記念写真やご門主よりいただいた色紙を初めとして坊守と一緒に作ったパッチワーク作品の数々を展示して、坊守の思い出に浸る時間を持ちました。ただ「皆から、坊守に対する思い出を一言ずつほしかったね」というのが反省として終わった後から出た言葉でしたが…。最後は皆がそろって昼食をいただいて散会となりましたが、(総会の日にあわせて実施したものなので仏婦会員を中心とした会になりましたが)それでも15人の方々と一緒に、坊守の不在を寂しく思いながらも有意義な時間を過ごすことができたと思っています。
石竹
今日は午後から《納骨堂安置者合同法要》があります。ご法事がその前後に予定されているのでバタバタすることになりますが、なんとか気を引き締めて勤めたいものと思っています。(今日の写真は石竹ですが、撮りためていた写真も底をついてきました。何とかしないと…)

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