前住職のひとりごと

鳥取市にある浄土真宗本願寺派のお寺、淨宗寺の前住職の日記です。基本は毎日更新です。

昨日の『独り言』で十干十二支のことを書いていたら、なぜか今日の新聞の『潮流』欄にも同じことが載っていました。やはり年の初めということで、私以外にも「干支(えと)」の使い方に気になる人があるのですね。その記事を見て「してやったり」という気持ちになったことは、否定しません。
ところで、昨日1月7日は《七草がゆ》の日ということはよく知られていますし、店頭にも「7草粥セット」として大根や蕪などがパックで売られていました。坊守がいた時にはいつもパックを買ってきて2人で七草粥を食べていましたが、今年は値段が少し高かったことと1人で食べるのがむなしくて、結局代わりに餅粥を作って食べましたがね。
シクラメン鉢植え
しかし、この日が古来からある《五節句》の一つだということはあまり知られていません。教職にいた時にも生徒達に「五節句には3月3日(雛の節句)と5月5日(端午の節句)と7月7日(七夕)と9月9日(重陽の節句・菊の節句)があるが、あと1つは何か」と聞いたことがありました。すると、どのクラスでもすぐに出るのが「1月1日の正月だ」との回答。確かに目の付けどころはいいのですが、実は1月1日ではなくて1月7日ということを知っていた生徒は誰もいませんでした。その理由を聞かれた時には《節》の説明から入ると長くなるので、簡単に「その日に絶対に必要な植物があるということに気づかないか?」とだけ説明しましたが・・・。
蛇足ながら、「真綿色したシクラメンほど清しいものはない」という歌詞がありますが、場合によっては赤やピンクと違って寂しい気持ちもしてくるものですね。

そろそろ正月気分を返上しよう思い、年末に戴いた鉢植え(シクラメンとデンドロ)を寒い玄関内から室内に移動させてホッとしていた途端に響いてきたのが地震警報のアラームと、それに続いて激しい横揺れが!今までも震度3程度のものは経験していますが、今回は震度4かと思わせるほどの強さと時間的な長さで、収まるとすぐにテレビを点けましたが、やはり震度3とのこと。真っ先に台所のガスの火を消してから本堂の確認に行き、何も被害がなかったことを安心しているとまた激しい横揺れが始まりました。そして少ししてからまたもや横揺れです。その後はなんとか収まったようでしたが、それでもしばらくは揺れているかのような感覚が続きましたね。ただ震度5強の安来と震度3の出雲には姉の嫁ぎ先のお寺があるので心配して電話で確認するとどちらも被害はなかったとのことで一安心しましたが、次々と入ってくる報道にその揺れの激しさが実感されたことです。
山門ヨコノ椿
山門ヨコノ椿2
山門横にある薄ピンクの椿は「我、関せず」と咲いていますが、こここ数年は能登の地震を始めとして年始めに何か大きな災害が起こっているように思います。気象庁の長期予報によると「今年は2季化が顕著になる」とのことですが、世界の情勢とともに地球の足下も天空もすっかり狂ってきたのでしょうか?

今年は午年ですが、もともと《干支(えと)》というのは《十干十二支》の組み合わせのことで、日本古くから暦として使われていたものです。古文書などに書かれた年が記入されているものが多く残っていますが、その干支を見れば、書かれたのが西暦何年に当たるのかも判別できるわけです。
  十干・・・甲乙丙丁戊己庚辛壬癸(こう おつ へい てい ぼ き こう しん じん き)
   (きのえ きのと ひのえ ひのと つちのえ つちのと かのえ かのと みずのえ みずのと)
  十二支・・・子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥
その組み方は、最初は「甲子」で次が「乙丑」というように干と支とをひとつずつ順番に組み合わせていくものですが、そうなると10番目は「癸酉」になって《干》が足りなくなるので、11番目は《干》の最初に戻って「甲戌」「乙亥」というようにしていくわけです。したがって、「甲子」で始まって「癸亥」で終わる組み合わせは全部では60通りになることから、61年目からは最初にもどって「甲子」から始まることになります。つまり、暦が元に戻ることから61年目の誕生日(満60歳)を『還暦』と称し、「赤ん坊から新しい人生が始まる」ということで《赤いもの》をお祝いとしてプレゼントしているのです。
椿
なお、高校野球の聖地である甲子園球場は《甲子》の年に完成したことを記念してつけられた名称だということをご存じですか?
蛇足ながら、今年は《丙午ーひのえうま》ですが、60年前のこの年には誕生した子供の数が極端に少なかったとのこと。これは「江戸時代にあった『丙午の女は気が荒い』という俗信が原因になったのではないか」と言われていたことを思い出しました。
(下駄箱の上の椿を薄ピンクに交換しました)




今回のアメリカによるベネズェラへの攻撃は表向きは独裁政治と麻薬に対する攻撃ですが、本心は世界最大の埋蔵量を誇る油田の利益権獲得だと言われています。そのことは「アメリカによる運営」という言葉に表されていますが、もしもそれがトランプ大統領の本心なら、敗戦を認めてポーツマス条約に署名した直後に日ソ不可侵条約を破棄して北方領土に攻め入って4島を奪い取ったソビエト、そして自国の国民を救うためと称してウクライナを攻撃して領土を拡張しようとしているロシアと同じことではないでしょうか。しかも、このソビエトとロシアは名前は違っても同じ国なのです。
世界最大の軍事力を誇り「世界の警察」と称しているアメリカが、イラク戦争を始めとしてその戦力を使って他国に攻め入ったことは今までにも何度もありました。しかし、その結果はベトナムを初めとしていずれも《泥沼化》したのであり、戦地に送りこまれた兵士達を待っていたものは死と大けがと捕虜となるかのいずれかであり、無事に生還しても待っていたのは自国民による蔑視とTPSdだったと言われています。
龍吐水
知識人による「確実に負けるから、戦争はしてはならない」という意見を無視して突き進んだ結果が東京大空襲と原爆という罪もない数百万人の生命を無視した戦力の誇示であったことを忘れて「核の保有が一番安上がり」などと言って、このようなアメリカの愚行を非難するどころか尾を振ってこびへつらうしか出来ないなら、日本の政治家はベネズェラやウクライナの人たちに顔向けが出来ますか?西本願寺の境内にある手洗い場の龍もあきれていますよ。

いつも通りに4時過ぎに起き出してお湯を沸かしながら朝食の準備をしておいて、それから納骨堂の解錠をしてお参りをしてからお線香を持ってお墓参り。しかし、昨夜は窓越しにバラバラという音がしていたので霰が降ったのでしょう、昨日のお参りの時にお墓の雪を取り除いておいたのに今朝も4㎝ほど積もっていました。もっとも、水気の多い雪では除雪機を本格的に稼働させられませんので、まだ手作業による除雪ですけれどね。その後で朝食(トーストとハムエッグ)にしましたが、いつもなら部屋にセットしている蓄暖だけでなんとか過ごせたのにあまりの部屋の寒さに我慢できず、今朝はエアコンのスイッチも入れました。
三が日を過ぎたので、今日は山門の幕や本堂の打敷等を外す仕事があります。納骨堂の荘厳はお参りの時に外しておきましたが、幕や本堂の打敷は若院が外すと言っているので、私は朝のお参りだけにしてあとは任せるつもりです。と言っても私の仕事がまったくなくなるわけではなく、昨年受けた《後期高齢者用事前検査》も無事に合格したので近いうちに運転免許証を受け取りに行ったりといろいろやることがあるので、今年も気が休まらない1年になりそうです。
除雪機
ところで、この1月で私も父が往生した78歳になります。7人兄姉の中の末っ子が亡父と同じ年になることは不安と言うのかどうか、とにかく何と言っていいのかわからない気持ちです。

昨日の箱根駅伝で坊守がいつも応援していたチームは惨敗でしたが、これまでなら駅伝仲間で連絡や感想が行き交っていたはず。しかし、昨日の往路5区の奇跡的とも言える逆転劇は圧巻でした。1区の結果からはまさかこんなことが起きるとは思ってもいませんでしたが、こういうことが起きるからこそこの箱根駅伝が毎年正月を楽しみにする最大のイベントになっているのですね。今日の復路は「その奇跡的な逆転劇を演じた青学をどこが倒すか」に尽きることでしょう。
馬
ところで、今朝もいつもの通りに早起きして必死でお参りの人の足下を空けておきましたが、昨日の牡丹雪の様子からもっと積もっていると思っていました。雪が降るときに一番積もりやすいのは粉雪で次が牡丹雪なのですが、昨日の昼間はその牡丹雪だったのでもっと積もっていると思っていたのですが、結果は霙。おかげで重くて水分の多いものを除く作業になり、体力の限界を越えたかのような2日間でした。それでも明日はこの降雪も一息のようですから、三ケ日も終わることだし、後片付けに切り替えますかね。(今年の干支の置物は、亡母が購入していた出石焼の白馬にしました)

昨日の実業団に続いていよいよ今日と明日が箱根駅伝。坊守はマラソンや駅伝が大好きで、特にこの番組は毎年必死で見ていました。そのため、入院中は勿論のこと退院してからも放送があったときは毎回ベッドからでもテレビが見られるようにしてやりましたが、2年経った昨日もそして今日も居間に置いた写真をテレビに向けてやっています。当然にその間は私の見たい番組があっても遠慮することになり、今もこの『独り言』を打ち込む作業に没頭しています。参道は夕べの雪で真っ白になっていたので、起きてから真っ先に除雪しておきましたが、どうも雪と言うよりも霙気味だったのか水分が多く重いものを除雪することになりました。このように水分の多い雪は除雪機が使えないためにスコップでの作業となり、膝への負担大のために何度も休憩をしながらの除雪。本当に数年前と違って心臓がバクバクしましたね。なお、今日の写真は元旦会の接待で使った『花びら餅』にしました。
花びら餅
ところで、除雪してから既に3時間近く経ち、7時から始まった学校と選手紹介も終わってスタート直前になっています。防衛大学で初めて箱根に出た元議員の尾辻氏が「箱根駅伝で選手が走れる戦争のない平和な日本が大切」と語っていましたが、今第102回箱根駅伝がスタートしました!坊守は今でもきっと必死でK大学の選手の応援をしていることでしょうね。

昨日はなんとか元旦会の準備(打敷と幕は若院)を済ませました。夕食にカップ麺の蕎麦を食べ、風呂に入るとそのまま布団に直行したので、年末の恒例行事(?)である紅白歌合戦はずいぶん長い間見ていません。以前の歌はどれもこれもしっとりと聴かせるものが多く、本当に年末のこの時間が楽しみだったことも事実です。しかし、その構成や中身がだんだんと変わってきて、トリになった女性歌手のあきれるほど豪華(と言うよりも論外)な衣装が毎年の話題になったり、最近では名前を聞いたこともない歌手や、かつてのGSとは全くタイプの違う歌よりも踊りが中心かと思えるような男女のグループが多くなっています。ですから、《ベビーブーム》第一波の我々にとっては「歌を聴く」楽しみがなくなったと言っても過言ではないと思います。もっとも、これも私個人の感想かもしれませんが・・・。
供花
とにかく、以前は真夜中に開けた店もありましたし、大雪の中を娘を連れてつきたてのお餅を食べにパレットまで行ったこともありました。今から思うと、その頃の大晦日はとにかく町中も賑やかだったものですが、あのコロナ以降はそんなこともなくなってまったく静かなものです。
(下駄箱の上には今年の干支の馬を飾っていますが、写真を撮り忘れました。また次の機会に・・・)

今日で令和7年も終わり、新しい年になります。今年は坊守の三回忌法要を勤めましたが、次は七回忌ということで4年先なります。この2年間は毎朝お線香を持ってお墓参りをしてきましたしこの先も同じことを繰り返すとは思いますが、膝の痛みで歩くのも困難な時があることに加えて体力と気力の衰えを切に感ずるようになった現在は80歳を越えた4年先の自分がはたして今のように出来るのかは不安でもあり、その時のことを考えると、妻(亡母)の後を追うように1年と1日後に往生した亡父がうらやましい気もします。
時間の経過に対する人の受け止め方には「もう」と「まだ」の2通りがあるということをよく法話でも言っていますが、私にとって過ぎ去ったこの2年という時間は「もう」と「まだ」が絡み合い、なかなか気持ちの切り替えが出来ませんでした。だからこそ、次に来るであろう4年先の自分というものについては予想さえ出来ませんが、毎日が「生きさせてもらっている」時間だからこそ、それまでの日々を頑張るしかないのですよね。
本当なら掲示板の下に映えている万年青(おもと)を正月花として活けたいのですが、実が付いていないので生花には出来ません。そのため、本堂を初めとしてあちこちに飾っている花には若松と千両に葉ボタンを使いました。その写真はまだ撮っていないので、元旦の『独り言』にでも使いましょうかねぇ。
万年青
しかし、命に関わるほどの猛暑だけでなく地震の多発や熊による被害や米価の急激な値上げ等々いろいろとあった令和7年でしたが、明日から始まる令和8年は是非とも平穏な年になってほしいものです。

今年の法務もとりあえず昨日ですべて勤め終わり、今日と明日は荘厳等の準備と掃除です。昨日の法務の後で本堂の外陣には掃除機を掛けたので、内陣の掃除と打敷を掛けてから供花と供物をすれば本堂分は終わりです。後は納骨堂の打敷をしてからお花を活け替えと供物、そしてお墓のお花の活け替え(古い花は昨日取り去りました)と庫裏の掃除が残っていますが、若松は先日に購入してたおいたので今日は開店時間を見計らって葉ボタンと色花の購入に行ってきます。なお、以前にも写真は載せていましたが、千両は今年初めて裏庭に育ったのでそれを使うつもりです。さぞかし当寺にこんなに千両が根付いたのを亡母も坊守も驚くことでしょうね。
千両の実
HPの「今月の掲示板」と「住職挨拶」(令和8年1月分)については少し早いですが昨夜打ち込みました。多少《勇み足》の傾向とは思っていますが、残り2日間の仕事が多いのでご容赦ください。

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