住職のひとりごと

鳥取市にある浄土真宗本願寺派のお寺、淨宗寺の住職日記です。基本は毎日更新です。

2021年03月

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昨日の仏婦研修会での新旧『仏婦綱領』の違いとその理由を含めた説明について、「新しいものには何が除かれているか」から入っていきました。仏教婦人会の目的は「み教えに生されている母として、子供達へ最も大事なものを伝え続ける」ことを大切にしていることが《仏教婦人会創立150周年》にあたっての23代総裁の言葉にもありますが、実は、古い綱領から除かれた語句はこの「母」と「子」なのです。
[ここ数年《人種差別》や《性差別》などが社会的な問題として追及されるようになり、そこから「生き方の多様性を   認めあえる社会」が求められるようになりました。古い綱領で当然のように使われていた『み法の母として』や『仏の子どもを育てます』等の言葉から「このままでは既婚女性(家庭婦人)を対象とした団体としてしか受け止められない」という考えから、「誰にでも受け入れられる綱領」を目指すことを目的として表現内容が変えられました。]というようなことを《婦人》と《夫人》の違いなども含めながら解説しましたが、実はこの仏婦会23代総裁の言葉を含めた資料は平成24年3月15日に行った当寺の仏婦研修会(『仏教婦人会と九條武子』)で使ったもので、PCには記録していなかったのですが、印刷物を残していたので助かりました。

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今日は3月ですから、今年度最後の仏教婦人会研修会(4月からも同じようにありますが)になります。今月は会員の方から要望があって『仏教婦人会綱領』が改訂になったことについて説明するようになっていますが、理由は簡単に言えば一言で済みます。しかし、綱領の内容までもっと深く説明しようとすればどこまでいくことやら・・・。なにしろ、《婦人》の漢字的意味まで遡らなければなりませんからね。今回も頭を悩ませる内容ですので、のんびりと咲いているシンピジュウムの花が恨めしいことです。
ところで、いよいよ春の彼岸が近づきましたので、除雪機を格納することにします。ただし、倉庫に格納してから燃料を抜くことやバッテリーを外すこともありますので、簡単に済ますことは出来ません。大体に始動させる時にバッテリーを止めているネジが前冬の雪のせいで錆ついて緩めることが出来なかったのですから、今度はちゃんと油を差しておくことを忘れないようにしないとまた大騒動しますからね。では、「次の冬までおやすみなさい」

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いよいよ春の彼岸も3日後から始まります。「暑さ寒さも彼岸まで」という言葉がありますが、数年ぶりに積雪があって寒暖の差が激しかったせいか、桜の開花が早まりそうです。予報では30日頃とのこと。しかし、今年もコロナが暴れていますから、雪洞だけになった去年の桜土手のように、今年も今までのような花見が出来るかどうかは不明です。せめて椿見物で我慢しましょうか。
ところで、昭和20年の今日は大阪に空襲があった日ですが、それからちょうど四半世紀後の昭和45年は大阪万博が開会した日です。その万博では史上初めて携帯電話が活躍し、会場のあちこちでは缶コーヒーが販売されていました。もっとも、その時の目玉は何と言ってもアメリカ館の《月の石》でしたがね。我々の年代の者は東京オリンピックも見ていますし、大阪万博も経験しています。私もその頃は京都にいたので時間を作って1人で大阪まで行きましたが、満員電車並みの混雑で会場までたどり着けず、結局途中で諦めて帰ったほどでした。とにかく《三密》等という言葉では表せないほどの人出でしたね。

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もう3月も中旬になりました。ほんの数日前に啓蟄を迎えたように思っていますが、既に土起こしを済ませた田圃も見られます。昨日もサッカー場の方を車で走りましたが、4~5枚に1枚の割で土が起こされており、周りの草色の中にしっとりと濡れた土が目に飛び込んできました。これが3週間もするとすべてが土色になり、瞬く間に苗が植えられて薄緑一色になります。この景色の変化については、かつて岩美高校に通っていた時に駟馳山峠の上から眺めたものですが、本当にみるみるうちに変化していく風景でした。そして、そこを下りて大岩駅の側を走ると、車窓に飛び込んでくる桜並木の美しさに圧倒させられました。本当に駟馳山峠から眺めた3月から4月にかけて「あっ」と言う間に変化していく自然の素晴らしさは今でも脳裏に残っています。今では新しい道ばかり走っているので周りの風景に目を向けることも少なくなりましたが、たまには爽やかなに風を浴びながらのんびりと車を走らせるのもいいですね。コロナ禍の今は無理ですが・・・。
(寺前の土手では水鳥がひなたぼっこ?)

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東日本大震災の被災地での総理の言葉では、原発事故からの復興をめざしたオリ・パラのメーンテーマが別のものになったことに対して一言も触れられていませんでした。そのことについて訪ねた記者の質問に対して加藤官房長官の言葉はしどろもどろで「時の流れによって変化する」とのことでしたが、さっぱり要を得た内容ではありませんでした。結局は「売り込みにおいて最も世界の注目を得るテーマを選んだ」だけであって、事故の復興に対して《本気度はゼロ》ということで言葉が適当に変わっていったからでしょう。10年経った今でも故郷に帰れない人や大切な人の遺骨を見つけようと努力している人たちのことは全く目に入っていない政治家の姿しか見えません。
ところで、昨日のニュースで鳥取県が「普段使いの注射器でも、やり方によっては6回が可能」との報告をしたそうです。ただし、《細かな技術を要する》とのことで誰でも可能というわけにはいかないようですが、ワクチンの供給で四苦八苦している厚労省に取っては《一筋の光明》かもしれませんね。それにしても、一体いつになったら私たち高齢者の番が来るのでしょうかねぇ。バッハ氏は「やるかどうかではなく、どのようにやるかだ」と厳命しましたが、変異株ウィルスが48都道府県の半分近いところまで蔓延し、昨日はとうとう沖縄にも発生しました。「このままいけば、4月~5月には大多数の県に蔓延するのでは・・・」との心配がある昨今ですから、「絶対に聖火リレーをする」などと言っている場合なのでしょうかねぇ。

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