今日で令和7年も終わり、新しい年になります。今年は坊守の三回忌法要を勤めましたが、次は七回忌ということで4年先なります。この2年間は毎朝お線香を持ってお墓参りをしてきましたしこの先も同じことを繰り返すとは思いますが、膝の痛みで歩くのも困難な時があることに加えて体力と気力の衰えを切に感ずるようになった現在は80歳を越えた4年先の自分がはたして今のように出来るのかは不安でもあり、その時のことを考えると、妻(亡母)の後を追うように1年と1日後に往生した亡父がうらやましい気もします。
時間の経過に対する人の受け止め方には「もう」と「まだ」の2通りがあるということをよく法話でも言っていますが、私にとって過ぎ去ったこの2年という時間は「もう」と「まだ」が絡み合い、なかなか気持ちの切り替えが出来ませんでした。だからこそ、次に来るであろう4年先の自分というものについては予想さえ出来ませんが、毎日が「生きさせてもらっている」時間だからこそ、それまでの日々を頑張るしかないのですよね。
本当なら掲示板の下に映えている万年青(おもと)を正月花として活けたいのですが、実が付いていないので生花には出来ません。そのため、本堂を初めとしてあちこちに飾っている花には若松と千両に葉ボタンを使いました。その写真はまだ撮っていないので、元旦の『独り言』にでも使いましょうかねぇ。

しかし、命に関わるほどの猛暑だけでなく地震の多発や熊による被害や米価の急激な値上げ等々いろいろとあった令和7年でしたが、明日から始まる令和8年は是非とも平穏な年になってほしいものです。
時間の経過に対する人の受け止め方には「もう」と「まだ」の2通りがあるということをよく法話でも言っていますが、私にとって過ぎ去ったこの2年という時間は「もう」と「まだ」が絡み合い、なかなか気持ちの切り替えが出来ませんでした。だからこそ、次に来るであろう4年先の自分というものについては予想さえ出来ませんが、毎日が「生きさせてもらっている」時間だからこそ、それまでの日々を頑張るしかないのですよね。
本当なら掲示板の下に映えている万年青(おもと)を正月花として活けたいのですが、実が付いていないので生花には出来ません。そのため、本堂を初めとしてあちこちに飾っている花には若松と千両に葉ボタンを使いました。その写真はまだ撮っていないので、元旦の『独り言』にでも使いましょうかねぇ。

しかし、命に関わるほどの猛暑だけでなく地震の多発や熊による被害や米価の急激な値上げ等々いろいろとあった令和7年でしたが、明日から始まる令和8年は是非とも平穏な年になってほしいものです。



